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這い寄る■■

 ひとまず、11時過ぎまでに注文取りと配膳は一通り覚えた。

 ……まだお客さん相手の実戦はしたことないけれど、そこはやってみるしかないだろう。


「これ以上詰め込んでも覚えきれないでしょうし、今日はこれだけ覚えてちょうだい」

「はい……」

「疲れたみたいだし、少し休憩してていいわよ」

「いいんですか?」

「いいのよ。頑張って覚えていたみたいだし」


 教える時は厳しかったけれど、優しい一面もあるみたいだ。というか、並んでみるとこの人結構背高いな……。

 立ったまま息を整えていると、譜柚先輩は隣で軽い仕込みを始めた。


「ねえ、あなたって頂天学校の生徒なんでしょう? 何の天才なの?」

「普通の天才ですよ。世界一普通だから呼ばれました」

「フフ、何それ」


 やった、笑ってくれた。

 今後は普通の天才ってことで通そう。


「……待って、普通の人なのにあんな学校に通っているの」

「まあ、はい。危険だけど面白いところですよ」

「前、学校でドラゴンと巨人が戦ってたって聞いたけど」

「巨人じゃなくて海坊主ですよ。それ見てたせいで熱出しました」

「……あなた、絶対普通じゃないわよ」

「そう言ってくれると嬉しいです。譜柚先輩は頂天学校に行ってみたいとか思わないんですか?」


 譜柚先輩は少し手を止めて、考えてから答えた。


「思わないわね。事故に巻き込まれてすぐ死んじゃいそう」

「そこは、自分を護衛してくれる凄腕忍者がいるとかで」

「何それ。……それでも行きたくはないわね、自分以外何かの天才ってことでしょう? 自分のアイデンティティがわからなくなりそう」

「ヴッ!?」


 確かに、アイデンティティは分からなくなっている。

 俺以外のキャラが強いから、相対的に俺とは何かって思っちゃって……ちょっと迷走してる感は否めない。


「でも、俺は頂天学校に行けて良かったと思ってる」

「……やっぱり異常者じゃない」

「譜柚先輩も行ってみたら分かりますよ」

「生意気ね。まだ余裕がありそうだし、今からドリンクの作り方でも覚えてもらいましょうか」

「ひぃ、許してください!」


 その時、丁度お客さんが一人入って来た。


「あ、お客様だ。対応してきますね」

「お客様に失礼のないようにね」

「分かってます」


 習った通り、水を持ってお客さんの元へ向かった。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」

「本当に誠一いるじゃん。にゃっほー」

「ゲッ」


 初めてのお客さんはクラスメイト。ニル・ラテップだった。

 可愛らしい童顔に、目下のフェイスペイントが特徴的な、小悪魔のような少女である。


「ゲッてにゃによゲッて。こっちとらお客様よ?」

「……失礼しました。それで、ご注文は?」

「そうだにゃー、カルピスとショートケーキ」

「カルピスとショートケーキですね、かしこまりました。少々お待ちください」

「うん。がんばってー」


 足を組んで注文を待つニル。

 彼女はクラスのみんなとそれなりに仲がいいタイプで、俺もたまに話しかけられて喋ることがある。

 女子高生らしくも胡散臭い言動から、少し苦手なタイプの人間だ。


「注文、カルピスとショートケーキで、伝票はこれです。お願いします」

「了解。何か話してたみたいだけど、知り合い?」

「クラスメイト。ちょっと苦手だから、代わってくれると――」

「残念、ご指名みたいね」


 ニルはテーブルに肘をつき、俺に向かって手招きしていた。


「はい頑張って」

「……頑張りまーす」


 おぼんに乗せられたカルピスとショートケーキを持って、ニルの元へ向かう。


「はい、カルピスとショートケーキです」

「にゃー。ありがとうねー」

「では、ごゆっくり」

「ちょっと話そうよ」

「……忙しいので」

「こんなガラガラにゃのに?」


 狭めの店内には、まだニルしかお客さんはいなかった。

 これで忙しいは無理があるか……。


「他にお客様が来るまでですよ」

「にゃーい。いつもの話し方でいいよ」

「……というか、俺がバイトしてるってどこで聞いたの?」

「あんな大きな声で話してれば聞こえるよ。で、面白そうだから来た。ここのケーキ美味しいね、また来ようかにゃ」

「平日に来な、平日に」

「にゃー。なんか嫌われてない?」

「気のせいだよ。あ、お客さん入ってきそう」


 ガラス扉越しにお客さんが入って来ようとするのが見えた。


「じゃあな」

「何言ってるの? お客さんにゃんていないよ?」


 扉に手をかけていたお客さんが、急にそっぽを向いてどこかに行ってしまった。


「ね? これでまだ話せるにゃん!」

「……何かやった?」

「にゃにも」

「……」


 コイツ、うさんくせー。

 専門分野で何かやったんじゃないか?


「……そういえば、ニルって何の学校から来たんだっけ」

「んー? ■■高校だよ?」


 そういえばそうだった、■■か。

 なら変なことはできないな。


「にゃーん。そうだ、面白いこと思いついた! じゃあね!」

「ありがとうございました」


 散々店員()に手かけさせたニルは自動会計で清算して帰っていった。

 うるさい奴だったな……。皿やグラスなどを片づけて、譜柚先輩に持っていく。


「どうでした?」

「まだテーブル拭いてないわよ」

「あっ」


 大体は覚えてるけど、ちょっと抜けがあるな……。

 テーブルを拭きながら、今一度習ったことを頭の中で反復していると――外が騒がしいことに気づいた。

 見ると、店に行列ができている。


「うわ、一気に来た。これ大丈夫ですかね?」

「嘘……昼前からこんなに人が来るなんて」

「……譜柚先輩?」

「不味いわ。ラッシュが始まるのが、いつもより三十分は早い。シフトの人が増えるまでまだ時間がかかるわ。店内にはまだ四人しかいないし、どうしたら――」

「譜柚先輩!」


 ブツブツ独り言を言っていた先輩は、大声で名前を呼ぶとハッとして俺の方を見た。


「……とりあえず、ホールは全部俺が見ます。片っ端から注文取って来るので、全部作ってください。それでいいですかね?」

「あなた初めてでしょ!? ……やれるの?」

「頑張ります」

「…私も注文が入るまでは手伝うわ」


 まずは、席が余らないように調整しながら、お客さんを席に座らせていく。それでも座りきれないほどに、店に並ぶ人は多かった。

 カウンター席はマスターに任せて、それ以外の人から順に注文を取る。待たせてしまう人もいるが、今は精一杯できることをするしかない。

 焦っていても、対応は丁寧に。


「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」

「じんじゃえーるとくっきー」

「おれはこーひーとふるーつたると」

「……はい。コーヒーはホットとアイスのどちらになさりますか?」

「ほっと」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 何か変な喋り方というか、正気ではないような印象を受けるが、大丈夫だろうか。

 心配しながらも、とりあえず注文を譜柚先輩に伝えに行く。


「ジンジャエールとホットコーヒー、クッキーとフルーツタルトです」

「今回は聞こえてたからいいけど、確認忘れたでしょう」

「あ、すみません」

「焦っていても、確認はして。間違えたら余計に待たせることになってしまうんだから」

「はい、気を付けます」

「作る作業に入るから、次からは口出しできないからね」

「……はい」


 内心では焦っていることを自覚しつつ、切り替えて他のお客さんの注文を取りに行く。


「お待たせしました、ご注文はお決まりでしょうか?」

「こうちゃふたつと、みーとぱすたとかるぼなーら」

「……お客様、体調が悪かったりしませんか?」

「だいじょうぶ」

「失礼しました。紅茶二つに、ミートパスタとカルボナーラですね、かしこまりました。少々お待ちください」


 また正気じゃなさそうなんだけど……。不安ながらも、大丈夫と言われてしまったので、一先ず自分の仕事を回す。

 先輩の元に行くと、料理を作っているのかそこにはおらず、お盆の上に置かれたジンジャエールとホットコーヒーが残っていた。

 伝票だけ残して、出来上がったジンジャエールとホットコーヒーを運んでから、次の注文を取りに行く。


「お疲れ様でーす。今日はお客さん多いっすね。お、新人さん?」

「そうです! できるだけ早く入ってくれると助かります!」

「オッケー。ちょっと待っててね」


 先輩の一人が少し早く来てくれたおかげで、どうにか店が回り始めた。

 それでもいつもよりお客さんが多いのは変わらないらしく、俺も必死に働いて――何度もミスして頭を下げた。




「ジュース落としてぶちまけた時は死んだかと思いました……」

「ええ、殺そうかと思ったわ」


 懸命に働いていると時間の流れが早く、あっという間にピーク時を超え、いくらか余裕ができてきた。

 皿洗いの仕事を習いながら、譜柚先輩と少し話す。


「……僕、どうでした?」

「功罪差し引きトントンくらいね。メニュー聞き違えるし、違う席に料理出すし、着替え中を覗いてくるし」

「すみませんでした……特に最後の」

「初めてだから、ある程度はしかたないわ。次からの働きで挽回して頂戴」

「はい」


 今日やった様々なやらかしに心を痛めていると、譜柚先輩は皿洗いを俺に任せてどこかに行ってしまった。

 あぁ……皿洗いっていいな。何も考えなくていいし、少しは慣れてるし。

 まあ、色々やらかしたけど、生きてるからセーフだ。うん。

 そんな振り返りをして皿洗いを終えると、オレンジジュースを持った譜柚先輩がやって来た。


「今日はもう上がって休みなさい」

「はい、お疲れ様です。今日はありがとうございました」

「ええ。これ、あげる」


 先輩はジュースを差し出した。


「いいんですか?」

「いいのよ。ミスは多かったけど、助けられもしたし……頑張ってはいたから」

「ありがとうございます」


 働いた後に飲むジュースは、格別に美味しかった。



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