ある? バイト
「金が、無い……」
小銭しか入っていない財布を見ながら、そう呟いた。
「漫画を買い過ぎたせいでは?」
「だって……医浪がくれたから」
貰った漫画が思いのほか面白かったせいで、予定外の出費が出てしまった。
でも、本編が五十巻以上出てて、外伝まで充実してる神作品を勧めた医浪も悪いと思うんだ……。
「仕方ない、バイトでもするか。ちょっといいギターとか欲しかったし、丁度いいかも」
「無理でござるよ」
「アレ? ……バイトを禁止する校則あったっけ?」
「いえ、この島ではバイトという制度が無いのでござる」
「……え?」
三首によると。
まず、この島の学校は頂点学校しかなく、学生は俺達しかいない。
そして、生徒以外の人間は、この島で俺達が生活できるような社会を形成するために、世界政府が呼んだ人たちであり――フリーターはいない。
つまりはバイトをする人がおらず、必要ともされていないのだ。
「……拙者は学校からの生活金が余っているので、貸してもいいでござるよ」
「いや、それはちょっと……」
「ヒモのバンドマンじゃないですか」
「そう言われるから嫌なんだよ……」
あと、コイツらに金を貸してもらうと、今の関係性が嫌な方向に変わってしまいそうな気がするから、できるだけやりたくない。
やっぱり、自分で稼いだ方が健全だと思う。
「でも部活があるから、働けるのは土日くらいなんだよな。バイト経験も無いし……こんな奴雇ってくれるところあるのかな……」
「あるぞ」
「本当か!?」
天啓が聞こえて振り返ると、将演が壁に寄りかかりながら優雅に紅茶を飲んでいた。
珍しいな、他に人がいる時に近づいてくるなんて。
「本当にバイトの募集なんてあるのか?」
「ああ、行きつけのカフェのマスターが御高齢でな。客が多い土日だけでも人手を増やしたい、とぼやいていた」
「マジか……」
「マスターとは顔見知りだから、紹介してやってもいい」
「頼む!」
「フッ、少し待っていろ」
スマホに番号を打ちながら、人がいない教室の隅に移動する。
事情を説明し、何度か「ああ」と頷いてから、天に祈る俺に結果を伝えにきた。
「面接はするが、恐らく採用だそうだ。次の土曜は空いているな?」
「ああ」
「ならば土曜の十時、カフェ・ルメリで面接だ。遅れるなよ」
「分かった。紹介してくれてありがとうな」
「気にしなくていい。前の礼だ」
そう言って紅茶を飲み干し、自分の机に戻っていった。
アイツ、演技してるときは本当にカッコいいな……。中身はあんなヘタレなのに。
「鈴木殿と何かあったのでござるか?」
「ちょっと――悩みを聞いたことがあってな。面白い奴だよ」
「……?」
「へぇ、土曜日にバイトするんですね」
「絶対来るなよ? せめてちょっと慣れてから来いよ?」
「分かってますよ」
「フリじゃないからな!? マジで来るんじゃねえぞ!?」
土曜十時前。
俺は商店街の端にあるカフェ・ルメリを訪れた。
商店街を行き交う人はそこそこいるが、この島は人口自体が少ないせいか、客は一人もいないようだ。
ちょっと入りにくいけど、客が多すぎて面接ができない、とかよりはいいか。
「目をパッチリ開いて、声は大きめにハキハキと、明るく元気に」
昨日の夜『バイト 面接』で調べてきたことを再確認して、深呼吸して心を落ち着かせてから、カフェの扉を開いた。
この店のマスターだろう。カウンターに立っていたおじさんが挨拶してくれた。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの――バイトの面接を受けに来たんですけど」
「ああ、鈴木君から聞いてるよ。佐藤誠一君だね」
「はい、そうです」
……一瞬で面接の心構えを忘れて、陰の雰囲気を出していた俺を、マスターは柔和な笑みで迎えてくれた。
その笑みと温和な声に絆され、なんだか落ち着いてきた。
「他にお客さんもいないし、ここで面接をしてしまおうか。カウンター席に座っておくれ」
「はい」
マスターに近いカウンター席の椅子を引いて、余裕があるように腰掛けた。
「ドリンク一つ、サービスするよ。何が良い?」
「じゃあ、オレンジジュースで」
「どうぞ」
すぐにグラス一杯のオレンジジュースが出てきた。
うん、冷たくておいしい。なんかちょっと高いやつな気がする。
「誠一君は、頂天学校の生徒なんだよね?」
「はい、そうです」
「それなら、シフトに入れるのは土日が中心になるかな?」
「そう、ですね。部活にも入っているので、放課後に入るのも厳しい、ですね」
「なるほど……まあいいかな。採用!」
「ほ、本当ですか!?」
働ける時間が短いので、採用されるかは微妙かと思っていた。まさか即採用されるとは。
「土日に入れるなら十分だよ。じゃあ今日はこのまま研修に入ってもらおうかな。もちろん今日から時給は出すよ」
「はい!」
「なら、奥に更衣室があるから、この制服に着替えて来てくれ」
「分かりました!」
マスターから受け取った、赤を基調としたエプロンのような制服を持って、店の奥に入る。
店の裏側は見たことがなかったので、色々な物が置かれた店内を興味深くキョロキョロと見回していると、更衣室と札が貼られた部屋があった。
とりあえず言われた通り着替えるかと、すりガラスが嵌められた扉を開け――中には、着替え中の若い女性がいた。
ツヤがある黒い髪と、大きな黒目が印象的な、美しい女性。
丁度スカートを脱いだところで、白色の下着が俺の目に焼き付く。
「……は?」
「す、すみませんでした!」
扉を勢いよく閉め、更衣室と反対側を向いた。
なんか、着替えてる人いたんだけど。ヤバい、警察に逮捕される。
「……鍵閉めてないのが悪くない?」
「壊れてて閉まらないの」
独り言の言い訳に、着替え終わった女性が答えた。
声の感じからして、変態! 即通報! といった雰囲気ではない。俺の態度次第ではなんとかなりそうだ。
そして……俺は最近、謝罪の手本を見た!
「すみませんでしたああああ!」
三首流、土下座! 見よう見まねではあるが、あの黄金比のような土下座の姿勢はよく覚えている。
誠意が籠った謝罪で、どうにか活路を――。
「まあ……仕方ないわね。電気が付いているなら誰かが使ってるから、入らないってルールだったんだけど、あなた新人でしょう?」
「はい、そうです」
「なら、ただの事故ね。中で見たことは忘れなさい」
「ははぁ~! ありがとうございます!」
「はいはい。とっとと着替えてきなさい」
そう言って、先輩は先に行ってしまった。
優しい先輩だなぁ。あの人の指示は絶対に聞くことにしよう。
まあでも、気まずいから今日はあんまり目を合わせないようにしよう。
「じゃあ、仕事は譜柚くんから教えてもらってね」
「……」
「……お、お願いします」
マスターから教育係に紹介されたのは、先ほど着替えていた女性だった。
他にもう一人先輩はいるのに、50%外した……。
女性の方も気まずいのか、少し目を逸らしながら、自己紹介を始めた。
「……上柳譜柚よ。ビシバシ行くからよろしく」
「佐藤誠一です。よろしくお願いします」
「じゃあ、まずは注文の取り方からね。12時くらいからお客さんが増えるから、それまでに少しは使えるようになってね」
「が、頑張ります」
こうして、俺のバイト生活が始まった。




