御見舞い()
「主殿ー? もう七時でござるよ?」
「あー、今起きる」
三首の声で目が覚めた。
身体を起こそうとし――フラついてベッドから落ちそうになる。
「っとお?」
寝ぼけているのかと思ったが、それにしても異常な身体の重さだ。
いつもより心臓の音がハッキリ聞こえて、頭がズキズキと痛む。
「これ――やったな」
「主殿?」
「三首……体温計持ってきてくれるか?」
「……失礼するでござる」
部屋の扉を開けて三首が入って来た。
ベッドに戻った俺の様子を見て体調不良を確信したらしい。傍に近寄り、俺の額に手を置いた。
「体温計が無かったので、触診で。38.4℃、熱でござるな」
「……触っただけで体温分かるの?」
「忍者なので」
「さすが忍者……なんか三首も体温高くね?」
「き、気のせいでござるよ。寒気のせいでは?」
「そっか」
体温が高いことを指摘すると、三首は大げさに俺から離れた。
移ったらまずいから、そのくらいの距離の方がいいと思うぞ。
「昨日あんなびしょ濡れになったからでござるよ」
「だよなぁ」
ちゃんと傘持ってたのに……絶対帽糸の水ビームのせいだ。
「今日の登校は無理でござるな。拙者も付き添うでござるよ」
「もう高校生だから、一人で大丈夫だって。猫丸もいるし」
「そうでござるか……なら、粥を幾つか作っておくので、腹が減ったら食べてくだされ」
「悪いな」
「お気になさらず。こういう時は助け合い、でござるよ」
カッコいいな、アイツ。
その後、お粥を三つ作り、その一つを無理やり気味に俺に食わせて、買って来たスポーツ飲料も置いて、三首は学校に行った。
ありがてえ……これが忍者か……。
三首の献身もあって、段々楽になってきた。
熱なんて、初動で寝れたら辛いところは終わるんだ。
頭痛がすると眠りにくいけれど、それも大分収まり――直ぐに俺は眠りにつくことができた。
「先生、ある……誠一殿は今日、体調不良でお休みでござる」
「そうですか……流行ってるんですかね?」
「えー、誠一今日休みなんか……。何でそれを三首が報告しとるん?」
「それは、拙者達は同じ家に――」
「え、三首と誠一って同棲しとるん!?」
「…………………………………すみません、主殿」
ハッ。……何か酷い悪夢を見た気がして、目を覚ました。
時計は十六時を指している。八時くらいには寝たから……八時間は眠れたのか。
グッスリ眠ったお陰で、大分気分が良くなってきた。
「折角三首が作ってくれたんだし、お粥食うか」
まだ少し眩暈がするが、早く治すには栄養も大切だ。壁伝いにリビングに出て、冷蔵庫にあるお粥をレンジの中に入れ、スポーツ飲料を口に含んだ。
「にゃあ」
「猫丸……今ご飯用意するからな」
化け猫の猫丸のご飯を用意する間に、お粥が温め終わった。
頂きます。
出会った時はお粥くらいしか作れなかったこともあって、三首が作ってくれたお粥はかなり美味しかった。
「これなら、明日には学校に行けそうだな」
……普通の高校に通っていた時は、あと一日くらい休みたいって思ってたのに。
あんな危険な学校に行きたがってることに気づいて、笑ってしまった。
さて、さっさと治すためにもうひと眠りしようと、ベッドに潜ったその時。家の鍵が開く音がした。
三首が帰って来たのだと思ったが、それにしては足音の数が多いような……。
「主殿――申し訳ございません」
「ここが誠一の部屋? 殺風景やなあ」
「お、あの時の化け猫じゃねーか」
「狭イ」
部屋に、三首と――医浪と野崎君とリッキーが入って来た。猫丸は野崎君から逃げるも、一瞬で捕まっていた。
何だこれ……夢か?
「お前ら、どうして――」
「お見舞いや」
「俺は遊びにきただけだぜ。そんなことより、誠一……お前、三首と一緒に住んでるのか?」
「……」
無言で三首の方へ視線を向けると、彼女は土下座をしていた。土下座の手本はこれ、というような、綺麗な土下座だった。
「……うっかり口を滑らせたでござる」
「オイイイイ! 誤解されるから秘密にしようねって言ったじゃねーか!?」
「主殿とか呼ばせてる時点で今更やろ」
呼ばせてはないよ。最初会った時誠一でいいって言ったよ……。
まあ、もう実質恋人みたいな目で見られてた気がするし、同棲がバレたところでもう関係ないか。
一番身近な静枷にはもうバレてるしな。
「ってことで、大丈夫だから。顔を上げてくれ」
「主殿……一生付いていくでござる」
「いや重いな」
「夫婦漫才してないで、目ぇ見せてみ」
顎を掴まれ、医浪と目を合わせさせられた。
コイツ……意外と整ってる顔してるな。医浪の癖に……。
熱のせいか、少し胸が高鳴り――医浪はすぐにそっぽを向いて、バッグから取り出した白い粉を摘まみ、水が入ったコップの中に入れた。
「飲み」
「えぇ……この前それの製法見ちゃったから、ちょっと飲みたくないんだけど」
「黙って飲めばええねん!」
無理やり口の中にぶち込まれ、粉が入った水が喉を通っていく。なんか……毒々しさの中に甘さが入り混じる。医浪みたいな味だった。
「ゲホッゲホッ……何すんだよ!」
「治ったやろ?」
「……本当だ」
気づいたら頭痛、けだるさなどが消え去り、体温が下がっていることを肌で感じた。
アレだけ高かった熱が、完治している。
「あ、ありがとう。……病気まで治せるのか」
「当然や。状態異常治せないヒーラーなんて首切って死んだらええねん」
「ゲームの呪詛が残ってるぞー」
親しみやすい言動してるけど、実はコイツが一番ヤバいのでは?
「よし、誠一の熱も治ったみたいだし、エロ本探そうぜ。リッキー、ベッド持ち上げるぞ」
「任セロ」
「今時エロ本なんか持ってねえよ」
「チッ、電子派か。ロック解除できそうな――内盗を呼ぼう」
「できそうだからやめろ!」
軽音部の練習中らしく、静枷が電話に出ることは無かった。
危ない……俺の性癖がバレるところだった。……ロリコンと勘違いされるよりはマシか?
「というか、何も無いなあ。趣味とかないん?」
「趣味は軽音だって。……仕方ないだろ、俺は突然ここに連れてこられて、引っ越し作業とかできてないんだから」
「そうなんか……ウチが持ち歩いとる推しの漫画あげるわ。一巻だけな、続きは自分で買い」
「何で持ち歩いてんだよ……」
家にあるものを買い直すことに引っかかって、教科書とスペラから貰った隕石くらいしか入っていなかった本棚に、知らない漫画が一冊置かれた。
「お、じゃあ俺は悪魔Σ会の旗やるよ」
「俺ハ、ダンベル。モット筋肉ヲ付ケルベキダ」
「だから、何でそんなの持ち歩いてんだって」
次々に部屋にまとまりのない物が置かれて行く。今日誕生日だったっけ。
「じゃ、ウチはスペラとリョウの所にも行かなあかんから、こんくらいで。漫画読んどきいや」
「ああ。治療ありがとうな」
「筋トレハイイゾ」
「お前はもう俺の会の一員だぜ。じゃあな、化け猫」
「にゃ゛ああああ!」
「ああ……また明日」
手を振って、帰っていく三人を見送る。
野崎君の手から逃れた猫丸は、俺の膝の上に乗り、怯えたように丸まった。可愛い。
「っていうか、スペラとリョウもダウンしてんの?」
「そうみたいでござる」
スペラはまあ分かる。スペックは高いけど、ただの男の子だ。あんなビショビショになりながら魔法の準備をしていたら、体調を崩してもおかしくない。
ちょっとか弱いイメージもあるし。
でも……リョウまで体調を崩しているとは思わなかった。
ドラゴン・ゾンビでも熱になるんだ……。カッコ付かない奴だなあ。
「なので、先にそっちの見舞いに行っていた第二陣がそろそろ――」
「見舞いに来たのじゃ」
「先に医浪が行ったんだから治ってるだろ。賭けてもいいぜ」
「信仰が足りないからです。神を信じていれば体調を崩すことはありません。ですので入信を――」
またドアが開き、帽糸、ギャンフ、シスタが家に入って来た。
前二人はまだ分かるけど、シスタとはあんま話したことないし、宗教勧誘に来ただけだろ……。
「……もう治ってるのでお帰りください」
「治ったといっても、脳に刺激が足りてねえだろ。やろうぜ、ギャンブル」
「ギャンフにシスタまでいたら勝ち目無いよ! 技術でも運でも何も勝てねえんだよ!」
「安心なさい、神を信じればこの程度の奇跡、簡単に起こせます」
「本当にただの宗教勧誘じゃねえか……」
呆れた俺の言葉に、ずっと微笑を絶やさなかったシスタがムッと表情を崩した。
「それだけのために来たのではありませんよ。病魔に打ち勝てるよう祝福を授け、今後の健康を祈願するのも聖職者の役目です。サウゼ神は御心が広いので、信者でなくとも恩恵を得ることができます」
「そ、そうなのか。……すまん、ちょっと悪く言い過ぎたな」
「構いませんよ。一応、神を信ずるほど恩恵は大きくなると付け足しておきますね」
「はいはい」
それだけ言って、シスタは天に祈り始めた。
ただ十字架のような首飾りを握りながら手を合わせているだけなのに、神々しさすら感じる。
天から光が差すような幻覚が見え――初めてシスタって狂信者じゃなくてシスターなんだと思った。
「ん――おい、猫いるじゃねえか」
「にゃ゛!?」
野崎君がいなくなって安心していたのか。みんなが来てから棚の上に避難していた猫丸が、ギャンフに見つかった。
「ほーら、こっちだぞー」
「フー!」
「猫丸、こっちでござる!」
猫丸に声を掛けるギャンフだが、奥に潜む賭師の顔が隠せていないのか、猫丸は全くなつかず威嚇で返している。
シレっと三首が助け船を出しているが、アイツにも猫丸はなついていない。
ウチの学校の生徒は、動物に好かれない運命らしい。
そして、帽糸は――ずっと俺の方を見ていたが、ゆっくりと歩み寄ってきて、隣に座った。
なんか……爽やかな磯の匂いがする。
自然の匂いは落ち着くけれど、女の子(?)が隣に座っている状況は全く落ち着くことができなかった。
「悪かったのう、わしのせいでまた迷惑をかけたようじゃ」
「全然。ちょっと水遊びをしただけだよ」
「そうか」
素直に頷く帽糸。なんか、この子の前だとカッコつけちゃうんだよな。
ちょっとキザ過ぎたかと心の中で悶絶していると、帽糸はポンポンと自分の膝を叩いた。
「お詫びに、膝枕じゃ」
「え……別にやらなくていいけど」
「ほれ」
断ったのに、強引に寝かされた。
柔らかくて――ひんやりしている。まるで水枕みたいだった。
「どうかのう」
「うん……気持ちいいよ」
「良かった」
巨大な胸から顔を覗かせた帽糸は、ホッと穏やかな笑みを浮かべていた。
これは……。
「これ、誰から教わったの?」
「医浪じゃ。誠一なら喜ぶと言っておった」
「アイツ……!」
今回は、ナイスと言わざるを得ない……ありがとう。
俺が膝枕を堪能していると、帽糸は棚の漫画に手を出した。
「これは?」
「さっき医浪が置いていった漫画。アイツのイチ推しらしい」
「ううむ……ならわしは、これを残していこう」
帽糸は膝枕をやめて(もっとして欲しかった)、さっき医浪の粉を飲むのに使ったコップの上に手を翳して、バスケットボールくらいの水の球を作り出した。
どういう技術か、下からはサンゴやイソギンチャクが生え、海底の様子を見ている様だった。
「アクアリウムじゃ。大事にしてくれ」
「ああ……ありがとう」
どうなっているか分からないので、コップアクアリウムを持ってそっと動かし、棚の上の方に置いた。
見ているだけでなんだか涼しくなってくる、良いオブジェだな。
「贈り物ですか。であれば私はこのネックレスを差し上げましょう。神に祈る時は使うといいですよ」
「うん、ありがとう?」
シスタがいつも着用しているものと同じ、十字架のような何かが付いたネックレスをくれた。
これ付けたら信者いよいよ信者認定されそうだけど、結構御利益がありそうなのが、呪いの装備感があるな……。
「もう行くのか。じゃあな、誠一、三首、猫丸。トランプやるから、俺と張り合えるくらいの賭師になれよ」
「練習はするけど、賭師にはならねえよ?」
「じゃあの」
「お大事に」
「ああ。三人とも、ありがとうな」
「また明日でござる」
最後にギャンフからちょっと高そうなトランプを貰って、三人は去っていった。
別に何もくれなくていいのに……。もしかしたら、俺の誕生日は今日だったのかもしれない。
今度、絶対に何か返そう。
さっきまで寝ていたベッドに座って、統一感無く飾られた棚を眺めながら、そう思った。




