「俺が、ボーカルをやりますよ」
「お疲れ様でーす」
適当な挨拶と共に、俺と静枷は音楽室に入った。
遅れると聞いていた先輩達は既に着いていて――部室の中央には、大きな布で隠された人間くらいのサイズの何かが鎮座していた。
「……なんすか、それ」
「ンー、なんだと思う?」
悪戯っぽい笑みで聞く柔院先輩。
今ここにあるということは、今日の部活で使う物だろう。
それで人間大のサイズとなると――。
「何かの楽器?」
「ブッブー」
「……分かりません」
「じゃあ、ヒント。私たちのバンドには致命的に足りないものがあります。何でしょう?」
「ヒントって言いながら問題変わってるじゃねえか」
「いいのいいの。さあ、何でしょう!」
來間先輩にツッコまれても図太く問題を続ける柔院先輩。
致命的に足りないもの……?
今は、俺がギター、静枷がキーボード、柔院先輩がベース、來間先輩がドラムを担当している。
バンド的にはバランスが取れていて、綺麗な編成だと思うけれど――
「はい、ボーカルがいません」
「静枷ちゃん正解!」
「あ、確かに。なんか忘れてたわ」
簡単に分かる事が出てこず、頭を掻いた。
「去年は音楽学校から来た先輩がやってたんだが、卒業しちまったんでな」
「ってことで、今日は!」
先輩たちによって布が取り払われ――マイクとモニターが付いた機械……カラオケの筐体が姿を現した。
「新たなボーカルを決めるため、みんなでカラオケ大会をします! イエーイ!」
タンバリンを振って盛り上げる先輩たち。
一方、一年の俺達は微妙に乗り切れないでいた。
「カラオケですか……最近行ってないんですよね」
「言ってくれたら練習してきたのに……」
「そこは私たちもしてないから平等平等。それに、カラオケの点数だけじゃなくて、将来性も加味して決めるから」
「審査員がそろそろ来るハズだ」
言い終わると同時に、音楽室の扉が開いた。
二年生の知らない先輩かな……? と、一瞬だけ思った。
入って来たのは、金髪にゴテゴテな改造を施した制服を着こなした、覇気のある美少女――
「我だ」
「お前かい」
王玉主だった。
「どっから拾ってきたんすか」
「さっき校門で募集した。大丈夫、人の才能を見抜くのは得意みたいだから」
「うむ、今日は完全に公平な立場でお前たちを審査してやる。光栄に思え」
ドカリと審査員席に座り、ボードに何かを書き込んだ。
何だか圧を感じるが……知らない先輩が来るよりはマシか。
「まあ、そんなに気にしなくていいよ! 楽しんで行こう!」
「じゃあ、部長の俺から」
來間先輩がリモコンを操作し、一曲目を入れた。
直ぐにモニターに曲名が出て――『デス・ロック・フルメタル・クラッシュ』
いや……まさか、一曲目からデスメタルなんて。そんな。
『スウゥ――テメェら、準備はいいかァ!』
「わー!」
來間先輩のデスボイスが音楽室中に響き渡った。
『ウウゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!こんな世界要らねえ! 俺が、俺の、このロックでぶっ壊す!ぶっ潰す!』
「ハハッ、えぇ……」
「ハイハイ、ほら、誠一ちゃんも!」
柔院先輩がタンバリンとマラカスをくれた。
まだノリが分からないままだが、何となくタンバリンとマラカスを振っていると、なんだか楽しくなってきた。
『日本! アメリカ! 地球! 太陽系! 銀河系! 宇宙全部! 聞いてぶっ壊れろ、このロックでエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ‼』
「ワアアア!」
シャンシャンシャカシャカ!
曲が終わった瞬間、全てを出し切ったかのように崩れ落ちてしまった。
点数は……84点。途中、歌詞をガン無視して叫んでいた割には高い。
王も上機嫌で何か書き込んでいた。アイツ、デスメタル好きなのか……?
「ア゛アァ、ノド死んだ。飲み物買ってくる。お前ら、何飲みたい?」
「じゃあ、オレンジジュースで」
「カルピスがいいです」
「あいよ」
柔院先輩にマイクを渡して、出て行ってしまった。
行き倒れそうなくらいやつれてたけど、大丈夫かな……。
「じゃあ次私ね、いっくよー!」
そのままの流れで、柔院先輩が歌い出す。曲は――ときめきダイヤモンド。俺でも知ってる一昔前に一世を風靡したアイドルソングだ。
『私、ときめいちゃった! イエイ!』
「フー!」
柔院先輩の柔らかい声が響き渡る。
前回がデスメタルだったのもあって、より清涼感とアイドルソング特有の甘酸っぱい感じがする。
タンバリンを叩いていると、静枷がすり寄って来た。
「次、私が行っていいですか?」
「別にいいけど……何歌うんだ?」
「これです」
静枷が入れた曲は――世界を終わらせた、ボク。
「ボカロじゃねえか」
「得意なんですよ」
サラっと言って盛り上げに戻った。
コイツ結構意外な特技あるな……。
『イエーイ、盛り上がってるかーい!?』
「イエーイ!」
『まだまだ行くぜ、届け、私の声!』
ライブ版のパフォーマンスまでして、先輩は歌い終えた。
今回は抜け殻にはならず「ひゃー、歌い切った」とだけ言って、自分の席に戻る。
代わりに、静枷が立ち上がった。
『歌います……世界を終わらせた、ボク!』
「難しいのいくねー、いいよいいよぉ!」
「頑張れー!」
『……気づいたら、終わってたんだ。終わらせてたんだよ、世界を――僕が』
ペースはゆっくりだが、音程が乱高下するボカロ曲を我が物顔で乗り回す静枷。
なんか声が段々電子音に寄っている気がする……なんだこの謎技術。
『でもこんなつもりじゃなくて! 本当はみんなと笑っていたくて!』
サビに入ってペースが上がっても調子を崩さない静枷。
素直に感心しながらマラカスを振っていると、ジュースを抱えた來間先輩が戻って来た。
「何だこの歌」
「ボカロの曲っす」
「ああ、そういうことか。ほら、ジュース。当然奢りだ」
「ありがとうございます」
買ってきてくれたオレンジジュースを開封して、早速口に含んだ。
まだ一曲も歌ってないのに、動き過ぎてもうノドが乾いてる。
「というか、次誠一だろ? 曲入れたか?」
「あっ」
そういえば、まだ歌っていないのは俺だけか。
そこそこ歌えて、みんなが知っていそうな曲――最近人気なアニソンの、地球恒星でいいか。
「お、良いの入れたな」
「そうっすか?」
「ああ。好きなんだよな、あの身勝手な感じが」
そうこう言っている間に、静枷が歌い終えた。
カラオケでボカロ曲ばかりを歌い続けてきた、歴戦の猛者であることを感じさせる素晴らしい歌だった。
「……どうでした」
「凄かったよ、本当に。次は、俺の歌を聞いてくれ」
静枷からマイクを受け取り、独りモニターの前に立った。
瞬間、ほんの少しの沈黙に晒され、背筋に冷たい感覚が走る。しかし、それも一瞬。
「頑張ってくださーい!」
「やれ! 刺せ!」
「フー!」
「ッ――」
みんなが騒いでくれたお陰で、そんなものは直ぐに吹き飛んだ。
『オッシャ行くぞ地球恒星!』
「イエーイ!」
『……地球は今日も光ってる。人の輝きで煌めいてる』
歌い出し、少し合わせられなかった。徐々に修正して、誤差を無くしていく。
この曲の歌手は、もっと勝手に走るように歌っていた。俺ももっと速く、走って。
『本当は自分は何者か分かっていなくて――それでも!』
「ヨッ!」
歌い出しさえ乗り切ったら、あとは流れに乗せるだけで。
それっぽく歌っているだけで、すぐに終わりを迎えてしまった。
『だから、地球って恒星なんだ』
「おおおお」
歌い終えて、みんなが感嘆の声を上げた。
いや……正直そんな上手く歌えなかったよ。点数は76。あまり覚えてないけど、みんな80以上ではあったから、俺が一番下手だな……。
まあ、楽しかったからいいか。
隣から伸びてきた手にマイクを渡す。次の曲名が表示され――『帝国軍歌』
「次は我だな」
「え……お前歌うの?」
「当たり前だろう。我が歌に酔いしれろ」
自分の席に戻り、乾いたノドをジュースで癒していると、王の軍歌が始まった。
あの見た目からは想像できない野太い重低音で軍歌を歌う。
なんか……軍歌って特有の面白さがあるよね。
「ふぅ……」
「誠一さん、二人で歌いませんか?」
「ん、ああ、デュエットか。どれがいい?」
その後、色々なコンビでデュエットしたり、マイクを持ってない人も巻き込んで大音量で合唱したり、一回大真面目に歌ってみたりで、もう何のためにこれが始まったか忘れた後。
学校が閉まる十分前に、今日のまとめが始まった。
「一応付けていたが、完全にふざけてるのを除いた点数の平均はこんな感じだ」
來間先輩がホワイトボードに次々点数を書き込んで行く。
來間:84、柔院:90、佐藤:76、内盗:86。
こう見ると俺だけ低いな……ボーカルにはなれないとしても、軽音部なんだからもう少し歌えるようになりたいな。
まあ、ボーカルは柔院先輩だろ。安心できる声をしてるし。
ベースボーカルってあんまり聞かないけど。
「みんなまだだよ! ここから王ちゃんが点数を足すから」
「はーい」
「こんなところだな」
先ほどから書き込んでいた紙を貼り付け、最終点数が発表された。
來間:84、柔院:90、佐藤:76+一億、内盗:86。
「これで決定だな、凡人、お前がボーカルだ」
「……はあ!?」
あまりの衝撃で思わず立ち上がった。横暴にも程がある。
一番点数が低かった俺がボーカルなんてあり得ない。今日中に上手くなれないか地味に色々試していたけど、伸びる手ごたえなんてしなかった。
先輩達もうんうんと頷き――。
「点数は置いといて、ボーカルは誠一ちゃんでいいんじゃない?」
「そうだな」
「ですね」
「……何? 何かのドッキリ?」
「我が代表して言ってやろう」
まだ自分のことが信じられない俺の眼前に、王が迫った。
覇気がある王に見下ろされ、少し怖気づく。
「凡人、貴様は歌を歌う時何を意識している」
「何って……できるだけ曲と同じように――」
「それも一つだろう。否定はしない。だが、バンドで必要なのは、人の曲を自分なりに歌うことだろう」
「ッ――」
「自分なりの解釈、味を加える。皆が無意識にやることだが、お前はまだのようだな」
「……」
「自分が足りていないんだ。歌いながら、これが俺だ、と言えるか?」
「……うるさい」
「それに……今日歌った曲の中で、お前が好きな曲は幾つあった」
「別に――どれも好きだし」
「それも嘘ではなかろう。しかし、もっと好きな曲があるのではないか?」
「……」
「今日歌った曲は一、二節が特に刺さった曲、だろう。その刺さった部分だけは、自分なりの解釈ができていたよ。そこだけは妙に響く、プロの様な歌になっていた。嵐のような感情が込められていて、その思いが伝わって来た。その伸びしろから、我はお前をボーカルに推薦する。それだけだ」
何か言い返したかったけれど、何も言い返せず。
へたり込んだ俺の隣を、王は通り抜けて行った。
「誠一……概ね、俺達も同じ意見だ。鍛えたらお前が一番上手いと思った」
「……」
「嫌なら断ってもいい。絶望的に下手な奴はいない、誰でもできる。だが――」
「やります」
グチャグチャに言い負かされて、自分の心を暴かれて。
とてもいい気分じゃないし、大声を出して暴れたいけれど。
今を逃したら、一生成長できない気がしたんだ。
「俺が、ボーカルをやりますよ」
もうほとんど人が残っていない、静かな廊下。
独り突き進む中、誰かの足音が聞こえてきた。
「玉主ちゃん」
「……」
「ありがとうね!」
振り返らず、手だけは振った。




