0.7頂点
「静枷、俺のスマホ知らない?」
「ん――すみません、私が持ってました」
いつも通り、袖の下から俺のスマホが出てきた。
この現象自体には慣れていて、もう何とも思わないのだが――
「今日、静枷に触れたっけ?」
「さあ? どうでしょう?」
「今からミステリアスな女設定は無理があんだろ。とにかく……今日まだ触ってないよな?」
「そうだと思いますけど――それが何か?」
「……いや、何でもない」
前までは触らなければ無意識に盗られることはなかったのに。
静枷の前で、無意識に盗むクセが悪化しているのではないか、とは言い出せなかった。
「っていうことがあったんだよ」
「確かに、少しずつ盗む頻度が上がってる気がするでござる……」
ある日の昼休み。
静枷が先生に呼び出されたので、三首と二人で弁当を食べていた。
「このままだと、近づいた人の物を全て奪うバーサーカーが誕生するぞ」
「……もう手錠でも付けた方がよいのではござらんか?」
「甘いな、あいつなら手錠付いてても盗める。検証はしてないけどどうせできる」
「そうでござるなあ」
なんか、段々力を増していくタイプの魔王みたいだな。
本人がそれを望んでいないのも含めて。
「俺達はそれを止める勇者、か」
「急に何を言ってるでござるか」
「友達が困ってるなら助けようってだけだ。まだ自覚はしてないけどな」
「具体的には、どうするつもりで?」
「まずは、専門家に聞きに行く」
空になった弁当箱を仕舞い、立ち上がった。
目標の人物は、既に昼ご飯を食べ終えて文庫本を読んでいる。
本が面白いところで気分を害してしまうことがないか心配だったが、そんなに集中している雰囲気ではないので、思い切って話しかけることにした。
「……ちょっといいかな」
「何だ」
探偵高校から来た超高校生探偵、鈴木将演は俺の声掛けに応えて顔を上げた。
餅は餅屋理論。窃盗で困っているなら、探偵に相談する!
片眼鏡の奥から、鋭い目で俺を睨む鈴木。きっと、俺の表情や仕草から情報を収集しているのだろう。
さすが、高校生にも関わらず、難事件を幾つも解決してきた名探偵だ。凄まじい風格である。
しかし、これが味方に付くと思うと頼もしい。
「実は――」
「言わなくていい、もう全部分かった」
切り出そうとしたのを、鈴木は手を突き出し、首を振って止めた。
流石名探偵。もう全て察している。
「フム……場所を移そう。付いてこい」
「わ、分かった」
文庫本をコートのポケットに仕舞い、教室を出ようとする鈴木に付いていく。
俺の後ろを、さらに三首が付いて行こうとしていたが――
「すまないが、私は二人きりで話したいんだ。遠慮してくれないか?」
背中越しに鈴木に止められていた。
振り返ってもいないのに、忍者の三首の動向を察するか。おそらく、隠れて付いてくることもできないだろう。
何故二人になりたいか分からないのは不安だが――。
「主殿……」
「教室で待っててくれ。大丈夫、何かあったら大声で呼ぶ」
もう一ヶ月クラスで過ごしたが、彼は一度も問題行動をしていない。
いつも教室の端で本を読むか、ソフトハットで顔を隠して眠っている。
急に牙を剥くなんてことは、専門分野からしてもないだろう。……ないよね?
探偵だから……麻酔針で眠らせてきたり、スポーツ選手顔負けの運動能力で事件を実演したりしてるかもしれない。
すぐに大声を出せるように心構えだけして鈴木に付き従っていると、彼は階段を次々と登り、鍵の一つも付いていない扉を開けて屋上に出た。
屋上……普通は立ち入り禁止になっているものだが、この学校に普通は通じない。
開けた景色からは解放感を、吹き付ける風に少し恐怖を感じた。
そして、他に人は――誰もいない。
「さて、話をしよう。実は期待もしていたんだ、真っ先に真実に気づくのは、凡人の君ではないかとね」
「……ん?」
何か……話が違くね? 俺、静枷の盗み癖について相談しに来ただけなんだけど。
真実? ……やっぱり、この学校には何か大きな秘密が!?
俺が想像を膨らませているうちに、鈴木は片眼鏡を外し――鉄仮面だった表情も崩した。
「気づいたんだろう……俺が名探偵でも何でもない、ただの凡人だって!」
「……は?」
「……うん?」
「誰が、こんな密室殺人を起こしたんだ!?」
「犯人はもう分かっています。あなただ」
「ど、どうして分かった、俺がドアを壊して侵入し、殺してから直したことを!」
「さすが超高校生探偵だ!」
「こんな感じで、適当にそれっぽいこと言ってたら、何か事件解決してただけなんだよぉ」
「えぇ……」
「推理なんて全然できないし、自力で事件を解決したことなんて一回もないし、探偵学校の試験だって『フム』とか言ってたら、なんか偉い探偵さんが『素晴らしい!』って言い出して最高評価になっただけなんだよぉ!」
「……苦労、してきたんだな」
泣き出してしまった鈴木の肩に手を置いて、慰めてやる。
これがコイツの本性というか、本音なのか。
屋上に並んで座り込み、泣き顔を見るのは忍びないので空を見上げながら、俺は世の妙を感じていた。
「あげくの果てにこんな変な学校に飛ばされるし……。偶々教室の端の席になったから良かったけど、危険な人の隣だったら死んでるよ」
「そうだよな! 強制的にこんな訳分からん学校に飛ばされるなんて馬鹿げてるよな!」
「……まあ、俺は同意して来たんだけど」
「同意したんかい!」
……何だコイツ。何なんだよコイツ。
「ってか、誤解されるのが嫌なら、誤解を解いたらよくね? 分からないって正直に言ったり、その探偵っぽい言動を辞めたり」
「だって……みんなの期待を裏切りたくないから……」
「真面目か」
「あと……名探偵って響き、カッコいいじゃん?」
「絶対それが本音だろ!?」
泣き疲れたのか、鈴木は俯くのを辞めて空を見上げた。まばらに雲が浮かぶ、どこまでも青い空を。
ふと思い出したように、ポケットに手を入れて、板チョコを取り出した。
「……いる?」
「貰う」
チョコを半分に折って、片方をくれた。
板チョコをそのまま食べるって、なんか新鮮だな。純粋なチョコの味がして美味しい。
穏やかに時間が過ぎる中、鈴木はポツポツと喋り出した。
「そっちから話しかけてきたのに、いつの間にか俺の相談になっちゃったねぇ」
「ああ……俺のはもういいや。どうせ解決できないだろ。静枷の盗み癖のことなんだけど……」
「無理」
「即答すんなよ。一応探偵学校の生徒だろ」
「アハハ」
無邪気に笑って、チョコを一気に食べきってから告げた。
「……本当は、俺がこんな人間だってことを、バラしたかったのかもしれない。同じ凡人の佐藤君に」
「……」
「俺は続けるよ、この嘘を。だから、今日のことは誰にも話さないで欲しい。喋ったら……佐藤君の秘密をばらす」
「俺の秘密……?」
「これでも探偵高校出身だよ。普段の佐藤君を見ていれば分かる……君、ロリコンだろ」
「違うわ!」
「嘘、だろ?」
巨大隕石でも見たかのような驚き方をする鈴木。
このどうしようもない男に、呆れて軽い溜息が出た。
「誰にも言わないから、安心しろ」
「本当に?」
「誰かの役に立ててるならいいだろ。でも、冤罪は起こさないようにしろよ」
「うん、分かってる」
「あと、誠一でいいぞ。俺も将演って呼ぶから」
「……誠一、距離の詰め方早いって言われない?」
「別に。お前を鈴木って呼ぶのが、なんか引っかかるだけだ」
その時、昼休みが終わる五分前を知らせる、予鈴が鳴った。
「……俺はまだここにいたいから、先に戻っててくれ」
「そう? じゃ、また教室で。……この姿では佐藤君って呼ぶから」
将演は片眼鏡を付けなおし、カッコつけた口調で言い捨てて行った。
さっきまでの弱気な態度はどこへやら、自信満々、全てを知っているといった雰囲気で階段を降りていく。
一人残った屋上で、貰ったチョコレートを食べながら、ふと思った。
洞察力に優れた人間が集う探偵学校で、その全てを欺いてきた将演の演技力は、決して一般人とは言えないのではないかと。
さっき言ってた犯人が自白した話も、鈴木の演技力に気圧されてしまったのではないか、と。
本人は気づいていないけれど。
演技の天才、鈴木将演。
「……結局、凡人は俺だけか」




