超知的パワー系遊戯
今日は、いつもより早く起きたんだ。
興奮で布団に入ってから眠りに入る時間は遅くなったけれど、起床は爽やかだった。
なんだか人生に一本の筋が入ったような、爽やかな気持ちだった。
だから……いつもよりちょっとだけ早く学校についた。
「おはよー」
「おはようでござる」
「んん、誠一に三首やん。おはようさん」
……ここに来るまでは、教室に入る時に挨拶するようなキャラじゃなかったのになあ。
まあ、いい変化だろう。
自分の机に荷物を置いて席に座り、ガラッとした教室を見渡した。
「ちょっと来るの早すぎたな」
「そうでござるな」
ギャンフもまだいないから、トランプを借りることもできない。
スマホゲームをするのも……なんだかなあ。
「どうしよ」
「では主殿、手押し相撲はどうでござるか?」
「手押し相撲?」
教室で身一つでできるお手軽なゲーム、手押し相撲。
手が届く距離に立って押し合い、一歩でも動いたら負け、という簡単なゲームだ。
それでいて単純なパワーゲームではなく、あえて引いて相手のバランスを崩したり、自分のバランスに重きを置いた防御スタイルなど、奥が深い読み合い要素があるゲームでもある。
「スポーツ部の新規歓迎会でやったのでござるが、これが中々奥深くて」
「それはいいけど……俺一般人で、三首は天才忍者だよ? 瞬殺されない?」
「やってみてからでござる」
それもそうかと立ち上がり、教室の端の方で適当な距離を取った。
相手は忍者、基礎スペックは比べようがない。
しかし、三首の体格は小中学生の女の子。腕の長さはどうしてもハンデになるし、体重で押し切れば十分勝ち目はあるのでは。
「……どうやって始める?」
「主殿が自由に決めていいでござるよ」
「じゃ、ヨィドン!」
早口で開始を宣言し、無理やり三首と手を合わせて押――されるうううううううう!
こっちは完全に体重を掛けられる姿勢だったのに、パワーの差で無理やりねじ伏せられ、俺は尻もちをついた。
「……忍者が万能みたいな風潮、よくないと思うんです」
「何でござるか、その負け惜しみ」
「……こんな細腕でよくそんなパワー出せるよなあ」
三首の細い腕を取ってみると……なんというか、硬くてそれでいてしなやかな、鍛え上げられた肉体を感じた。
関心していると……少し体温が上がってる?
「あ、主殿? 何をしているのでござるか?」
「すげー……綺麗? というか、整った肉体してんだなって」
「ッ――」
「何をしているんですか?」
顔が真っ赤になった三首との間に入り込んできたのは、静枷だった。
「ああ、ちょっと手押し相撲をしててな」
「どっちが勝ったんです?」
「どっちだと思う?」
「三首さん」
「正解」
即答だった。
俺、そんな弱そう? 普通の高校生だよ?
……相手が悪いか。と思ったところで。
「私なら三首さんに勝てますよ」
「ほう?」
珍しく盗み以外で静枷が大口を叩き、三首の目が細まった。
自然と適切な距離を二人は取り、足を肩幅程度に開いている。
どうでもいいけど、この二人が張り合っていると本当に小学校みたいだな。
「主殿」
「開始の合図を」
「はいはい」
基礎スペックは三首の方が高いが、静枷の方が速い。
意外といい勝負になるのではという期待をこめて、合図係を担う。
「よーい、ドン!」
勝負はまた一瞬。
開始した瞬間、急に三首がバランスを崩し――静枷がちょいと押すだけで試合が決着した。
「やりましたー! 私の勝ちです! 誠一さん、褒めて下さい!」
「ああうん、凄い凄い……」
満面の笑みの静枷の頭を撫でてあげる。
とても嬉しそうで可愛い。三首が恐ろしい顔で睨んでるけど。
「で、何があったの?」
「盗んだだけですよ。三首さんの――下駄を」
静枷の袖の中から、左右の下駄が出てきた。
なるほど、一瞬で三首の下駄を盗むことで空中に放り出して、踏ん張りが効かない間に押し出したのね。
……何がなるほどなのかは知らないけど。
「もう一度でござる! 今度は裸足で!」
「嫌ですよ。それじゃ勝てませんし」
「それなら拙者の方が強いということでいいでござるね!」
「いえ、勝負の結果は私の勝ちなので、私の方が強いです!」
「三本勝負でござる! 先に二本取った方が勝ちなので、まだ決着はついていないのでござる!」
「いいですよ! 下駄履くなら!」
「……いいでごじゃろう。下駄があっても来ると分かっていれば対応して見せるワン」
ワチャワチャ言い争う二人。三首なんて語尾が崩れてる。
仲いいなーと観戦しつつ。俺は、多分静枷にも勝てないんだろうなと、思った。
あのスピードで攻められれば、俺には対応しきれないだろう。
パワーでは多分勝っているので、一割程度は勝てるかもしれない。
逆に言えば、あんな小さくてかわいい女の子相手に、九割は敗北してしまうのだ。俺はなんて――無力なんだろう。
「強く……なりたい。なんて」
「力が、欲しいか」
その時、天から声がした。
上を向くとスペラがいた。
「力が、欲しいか……」
「何やってんの?」
「……」
「……欲しい! こんな現実をぶっ飛ばせる力が欲しい!」
「フフッ」
「お前から仕掛けて笑うなよ!?」
「す、すみませんっす。ヴ、ヴン。そんなに力を望むのか。ならば、我が授けよう」
ガムテープを取り出したスペラは、サラサラっと何かを書き込んでちぎり、俺の額に貼り付けた。
「なにこれ」
「力を与える札である。決して外すでないぞ……」
荘厳な雰囲気でそう言ったスペラは、魔法でどこかに消えてしまった。
なんだあいつ……演技上手いな。と思っていると、身体に異変が起きた。
力が無限に湧いてくる。どこまでも走ることができ、跳べば空を駆けられるような万能感。
試しに正拳突きをした俺の手は、音を置き去りにした。
これが、スペラの魔法の力……。
「いける! これならどんなヤツにも勝てる!」
まずは……さっき負けた三首にやり返す!
そう思って振り返ると――。
「これで拙者の三勝でござる!」
「まだです! 先に五勝した方が勝ちなんです!」
「いいでござろう!」
「あのー、二人とも?」
「開始は私がしましょう」
「いや、拙者が」
ダメだ、こいつらもう何も聞こえてない。
仕方ないので、別の相手を探そうとした丁度その時、いい相手が現れた。
「何しとるん?」
「医浪……見ての通り、手押し相撲だ」
「ええやん、やろうや誠一」
「クックック、受けて立とう」
対面して適切な距離を取り、双方手を構えた。
「じゃあ、ウチの合図で開始な」
「いいだろう」
「では、ヨィドン!」
どっかで見た戦法で、不意を突いたまま一気に押してくる医浪。
ただ、そんな小細工は圧倒的な力の前では無力!
「おりゃあ!」
力いっぱい押し返し――医浪の両腕が千切れ、吹っ飛んでいった。
「うわあ!? ごめん!」
「ええよええよ。ちょっと前に千切れたのが、まだ治りきっとらんかったんかな? 腕持ってきてくれへん?」
「はいな!」
今度は力を入れすぎないように調整して跳び上がり、天井に刺さった右腕を回収した。
「じゃあ、くっ付けてえな」
「あ、やっぱそうなるんだ」
断面に合うように腕を押し付けると――グッチャグッチャとグロテスクな音を鳴らした後、何もなかったかのようにくっ付いた。
「ん、ありがと。あとは自分でやるわ」
医浪は床に落ちた左腕を拾い上げて、押し付けるが……今度は接合が始まらない。
「だ、大丈夫か?」
「ダメやな。時間が経ち過ぎたか、ちょっと断面が良くないみたいや。まあ大丈夫やろ。三分もすれば新しいのが生えて来るわ」
消えた左腕の傷口がピクピクと動き、植物が成長するように腕が生えていく。
そして、医浪はもう要らなくなった元左腕を叩いて……彼女が治療に使う白い粉に変えていた。
「気にせんでええよ。ちょっと補充しときたかったし」
「……俺と同じ、人間だよね?」
「回復役やから」
……ま、まあいいや。
医浪がヒーラーなら、支援役のスペラから強化を貰った俺はアタッカーだ。
「……制御するの難しいな、力」
「面白そうなことをしておるのう」
急に影が差し、振り返ると帽糸がいた。
「手押し相撲をしているんだ」
「手押し、相撲?」
帽糸は手押し相撲を知らないようだったので、簡単にルールを説明し、その例として第九回戦を始めた小学生コンビを見せた。
「なるほどのう。やってみたいのじゃ」
興味津々に目を輝かせる帽糸。
医浪はまだ再生中だし、相手をできるのは俺だけか。
……ちょっと、カッコいいところ見せちゃおうかな。
「俺とやろうか。今調子がいいから、気を付けた方がいいぜ」
「望むところじゃ」
「開始の合図くらいはしたるわ」
身長差があるので調整が大変だが、適当な距離を取って向かい合い、手を構える。
体重差から言って、普段の俺ならば勝てる気がしなかったが、今の俺は違う!
「じゃあやるでー。よーい、ドン!」
開始と同時に手を合わせた。
柔らかく冷たい手。帽糸はおっとりした気質からか、のんびりとしか動かない。
そんな相手に、さっきの反省を活かして少しずつ力を掛けて――い、く?
「ふん! ……ふん!」
「中々やるのう」
力を入れ直した時、床が耐えきれずに凹みができた。それでもなお、帽糸は一歩も動かない。
間違いなく力は掛けているし、スペラの魔法も続いている。
思いっきり力を入れているのに、全く動かない。なんというか、壁を押す――というか、海を持ち上げようとしている気分だった。
「んんん!?」
「ほれ」
ゆっくりと、しかし力強く。大自然を思わせるような押し返しに、対抗できない。
なんとか踏ん張ろうとするも意に介さず、押し切られてしまった。
「勝ったのじゃ」
「えぇ……重……」
これは……もしかしたら、帽糸が最強なんじゃないか?
いくら静枷が速く動こうと、三首が総合力で押そうと、あの海を倒せる気がしない。
俺が知る中で、帽糸海子に勝てる奴は……いない。
「クソッ……奴に勝てる人間はいないのか!?」
「我を忘れているな」
上から声がして、見上げると机の上に王玉主が立っていた。
腕を組み、堂々とした仁王立ち。俺には分かる、コイツは歴戦の猛者だ。
「手押し相撲は読み合い能力、身体能力、勝利への執念、全てが要求される総合格闘技だ。当然、皇帝学校では必修科目であった」
「ほう?」
異質な二人が向かい合う。
俺は見逃さなかった……大き過ぎて距離調整がしにくい帽糸相手に、王は一瞬で立ち位置を決めて見せたのを。
やはりコイツ、只者ではない。
「……」
「……凡人、開始の宣言をしろ!」
「デュエルスタートオオオオオオオオオオオオ!」
先制して動いたのは王。まずは小手調べと、一瞬で両手を合わせ、パッと押した。
ただし、驚異的な体重から、帽糸はビクともしない。
「なるほどな」
「ふむ、その程度か?」
「……」
「来ぬならこっちからゆくぞ」
今度は帽糸から押しに行く。
俺と戦った時よりは遥かに速いが、どこかのんびりとした動き。
ただし、王には当たらない。一歩も動かずに、全ての攻撃を捌いて見せる。
さらに、手を引いた瞬間に少し押し、帽糸は揺らがないにしてもアタックを続け、効かないにしても……ストレスを掛け続けている。
その姿はまるで歴戦のボクサー。
そして、体勢が悪かったせいか、ついに王の一発が帽糸の体勢を崩した。
すぐに立て直したお陰でゲームセットとはならなかったが、王に勝ち目があるという証左でもある。
「フ、その程度か」
「ぬん!」
煽りに乗せられ、帽糸が手を出した瞬間。
王は手を一瞬合わせて手ごたえだけ残し――躱した。
刹那の感触に騙された帽糸は、力を入れすぎて歯止めが効かず……一歩だけ、足が動いた。
「我の、勝ちだ」
「うむ、よい勝負じゃった」
王と帽糸は手を握り、健闘を称え合うようにコンっと合わせた。
いい勝負を見せてもらって、俺は号泣しながら拍手した。
その日の夜。
額に違和感がして、触ってみるとガムテープが残っていた。
「そういえば、慣れて貼りっぱなしだった」
ペリっと剥がし――。
「いってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
大きな力の代償だろう。凄まじい筋肉痛に襲われた。
なんか、スペラに簡単に強くなれるわけがないっすって言われた気がした。
「誠一さん、勝手に剥がしてないかな……一日は付けてないと、剥がすときに痛いんだけど……。『決して外すでないぞ……』だけじゃ分かりにくかったかな……?」




