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第九章 宮田2

カーテンが閉められた薄暗い室内に、タバコの煙がゆっくりと漂っている。

加納と長谷が向かい合うソファに座り、宮田は灰皿のそばで無言のまま煙を吐き出していた。


「……Jが、どんな奴だったのか。捕まった時の話から話すべきかもな」


加納が頷くと、宮田は目を細め、重い口を開いた。


「アイツが捕まったのは、たまたまだった。

警察が追ってたのは別件の詐欺グループだった。

その一人が逃げ込んだ山奥の廃屋にJがいた。

人を隠すような作りじゃないはずの場所に、血のついた布とナイフ。

そして……人の指。

それを見つけた若い刑事が通報して、応援を呼んだ」


「でも、そいつが“J”だって確定するまでにかなり時間がかかった。

名前もない。住所もない。指紋も歯形も未登録。

戸籍がないどころか、“存在した痕跡が一切なかった”。

だから当時は、仮の名前で『ジョン・ドウ』と記録されたんだ」


長谷が静かに呟いた。


「……本当に“この世に存在しなかった”みたいな……」


「そうだな。でも、アイツが犯した罪ははっきりしていた。

あの廃屋からは、4人分の遺体が見つかった。

全部、解体されかけてて、顔も潰されていた。

身元不明の被害者たちばかりだ。

だが調べていくうちに、近隣の失踪事件との一致が出てきて――

ようやく、“連続殺人”として動き出した」


加納が低く言った。


「それで……死刑になったのか?」


「いや、起訴すらされてねえ。裁判が始まる前の留置から移送中の出来事だった。

大雨の夜。護送車に乗せられて拘置所へ移送される途中、雷が直撃したんだ。

窓の外から一本の稲妻が車に落ちて、運転してた警官は即死。

Jも“感電死”と判断され、すぐに病院に運ばれた。

その時点で完全に死亡確認されてる。解剖も行われた。間違いなく“死んでた”」


長谷が戸惑いながら聞いた。


「じゃあ、どうやって……いなくなったんですか?」


宮田は煙草を灰皿に押しつけ、静かに続けた。


「解剖後の遺体は、病院の地下冷却室に運ばれた。

その夜、当直だった俺が最後に確認して、鍵を掛けて帰った。

朝になって確認しにいったら、扉は開いてて……

中は、空っぽだった」


「記録にも残ってる。事故死。

誰も、“死体が歩いて逃げた”なんて信じねぇからな。

鍵の管理ミス、記録ミス、誰かの悪戯。

そうやって片づけられた。でも俺は……あの日、見たんだよ。

冷却室の扉の向こう、床にポタポタと水滴が残ってた。

まるで“何か”が、自分で歩いて出ていったみたいにな」



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