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第八章 過去を知るもの2

加納と長谷は笹川を資料室裏の休憩スペースに招き、コーヒーを手に静かに向かい合っていた。

雨が静かに窓を叩いている。


「……あれは、俺がまだ現場にいた頃。15年くらい前か。

警察でも一部しか知らない事件があった。被害者7人。いずれもバラバラにされた状態で、

山中や廃墟で発見された」


笹川の声は低く、静かだが、確かな重さを帯びていた。


「犯人は捕まった――いや、“そうされただけ”かもしれない。

戸籍なし、身元不明、出自も経歴も一切わからない。名前もないから、記録では“J”と記された」


長谷がメモを取る手を止める。


「どうしてJって……?」


「拘留記録に“John Doe(名無しの男)”って書かれてたのを、誰かがJって呼んだんだ。

本人は……ずっと無言だったよ。尋問でも、検査でも。誰が何を聞いても、なにも答えなかった。

ただ、時々……紙とペンを欲しがって、何か書いていたらしい」


「何を?」


「“還ル”って文字だけを、ずっと繰り返し。」


沈黙。加納が目線を上げる。


「遺体の処理をした技師が“宮田”という名前で――?」


「そうだ。司法解剖のあと、宮田が遺体を冷却室へ運んだ。

俺も当日、現場にいたよ。確かに死んでいた。

……だが、翌朝には“いなかった”。

扉は内側からこじ開けられたような痕があって、鍵も壊れていた」


笹川の手が、コーヒーカップを握る指先で小さく震える。


「信じられなかった。だが、事実だった。

宮田は“自分の足で出ていった”としか思えないって、ずっと呟いてたよ。

その後……彼は退職した。あれから表には出てこない」


「なぜ……公にしなかったんですか?」


「できるわけがない。司法解剖後に遺体が失踪。

しかも監視映像は“記録に残ってなかった”。機材トラブルってことで処理されたが……

ありえない数の偶然が重なっていた」


加納が口を開きかけたが、笹川は先に呟いた。


「……“奴”は、死んだんじゃない。

あれは、“還るために死んだ”だけだったんじゃないかって……今でも思うことがある」


空気が静かに凍りつく。


「会いに行け。宮田に。

たぶん……彼は、全部を見た最後の一人だ」

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