第五章 記録1
病院の個室。
薄暗い照明の下、リョウはベッドに座ったまま、ゆっくりと深呼吸を繰り返していた。
目の前の小さなテーブルには、ICレコーダーと分厚いファイル。
それを前に座る男が静かにセットし、口を開いた。
「神崎リョウさん。あらためて、本日はご協力ありがとうございます。
本件について、あなたの証言を記録させていただきます。
気分が悪くなったら、すぐに中断しますので」
リョウは小さくうなずいた。
男は警察官――捜査一課の加納と名乗った。
年齢は四十代後半。無駄な表情を出さず、質問はどれも短く簡潔だった。
「まず、なぜ樹海へ向かったのか。その目的を教えてください」
リョウは一度、目を伏せてから答えた。
「……YouTubeの企画、みたいなもんです。
友達の一人が心霊系の動画が好きで、“樹海で一晩過ごしてみた”ってタイトルで撮影しようって」
「参加メンバーは?」
「……俺含めて5人です。
シュン、マコト、ユウタ、タカヒロ。全員、高校の同級生でした」
加納は一人一人の名前を復唱しながら、ファイルに目を通していく。
「あなた以外の4人は現在も行方不明。そして、遺体で発見された男性は、服装からシュンさんと判断されています」
リョウの肩がわずかに揺れた。
「……はい」
「では、あなたたちは当日、どうやって現地に向かいましたか?」
リョウは、口を開きながら記憶をなぞるように語り始めた。
「午後に横浜で集合して、マコトの車で富士方面に向かいました。
旧道に入って、車を林道の入り口に停めて。夕方ごろ、樹海に入りました」
「入った場所は、旧林道の分岐ですね?」
「はい、あそこは一応観光っぽく整備されてて、最初は普通に歩けました」
「樹海の中では、どのようなルートを取りましたか?」
リョウは一瞬、言葉に詰まった。
「……それが、覚えてるつもりだったんです。一本道で、わかりやすいとこだけ通ったはずなのに……途中から、景色が、ずっと同じに見えてきて。
どっちに進んでるかも、正直わからなくなって」
加納のペンが止まる。
「“途中から”というのは、どのあたりですか?」
「足元に、メモ帳が落ちてたんです。『こんなはずじゃなかった』って、かすれてて、そこだけ読めた」
リョウの声が小さくなる。
「あれを見てから、……なんか、空気が変わったような気がしたんです」
加納はICレコーダーを見つめながら、しばらく黙っていた。
「その後、何が起きたか……説明できますか?」
リョウの手が震えた。
彼の目には、あの時の光景がまだ焼き付いていた。
薄暗い木々の間、耳元で聞こえた足音。
振り返れなかった恐怖。
ボソボソとした声。
そして――シュンが走り出した。
「……そこから先は、思い出したくないです。でも……話します」
リョウはゆっくりと、息を吸った。




