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ワウラさんが頭を掻いて、はっとして手を見た。「洗ってくる」焦ったみたいに云い、流しへ向かう。
広間のほうから、ランスさんの声が聴こえてくる。
「ねえ、クッキー、焼きたてだよ。あんたら、食べない?」今度は、さっきとはまったく違う、明るい声だ。「焼きたてって、やわらかくって、うまいんだ。あんたらだって、お袋さんがつくったのくらい、食べたことあるでしょ。焼いたばっかりのがうまいじゃない。わたしの同期がさあ、上手なのよ、クッキー焼くの。あんた達のお袋さんよりもうまいかもね」
数人分、笑い声が聴こえる。クッキーを焼くのが上手、というのを、嘲笑ったのだろう。そういう空気が伝わってくる。或いは、ランスさんがそういう皮肉を云ったと、そううけとって、笑っているのか。
サフェくんとメイリィさんが、顔を見合わせた。俺はワウラさんと、目を合わせる。彼女は唇だけで、なんだかだいじょぶそうね、と云った。俺はそれに、同意しかねた。ランスさんは、無理をしているみたいだから。
警護班が広間にたまっている。アロさんがいらだたしげに、棚からストックをとりだし、火にかける。薪がぽいぽいと、かまどへつぎたされる。
「よくもまあ……」
顔をしかめて云うが、続きはない。悪口が出そうだったのを飲みこんだらしい。そこで自制できるところがアロさんである。年期が違うし、そもそも人間ができてる。
汚れた食器が山と積まれたワゴンを、年若い奉公人が運んでくる。洗いものはツカサさんが担当してくれているが、随分うんざりした顔になっている。そりゃそうだ。洗っても洗っても終わらないのだから。
「マオ、お休みのところ悪いけれど」
アロさんが云う。「サンドウィッチ、運んでくれる? 外へ」
「はい」
苦笑いで答えた。すでに、お休みはどこかへとんでいっていた。俺達は皆、なにかしらやっている。お鍋を洗ったり、お野菜を洗ったり、切ったり、丸鶏を半分にしたり、それを焼いたのをお皿へ盛り付けたり、保管庫から重たい小麦粉の袋を担いで運んできたり。
お野菜を切っていたサフェくんが、片手をあげる。「僕がお手伝いします」
「ああ、ああ……悪いね、サフェ」
アロさんはけれど、ちょっとほっとした声だった。また、なにか云いそうになって、唸って飲みこむ。今度は班長への悪口だったんじゃなかろうかと想像して、笑いそうになった。こうにも忙しいと、頭の働きがおかしくなってくるみたいだ。笑うような場面じゃないのにさ。




