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ミューくんがサキくんの腕を振りほどき、立ち上がる。呆然としていたサキくんがそれを仰いだ。「ミュー?」
ミューくんは無言で、建物のほうへ走っていった。ほーじくんがはっとして腰をうかせる。サキくんが、ミュー、と叫びながらミューくんを追った。
ミューくんはひどい転びかたをして、でもすぐに立ち上がって建物へとびこむ。サキくんが泣くような声でミューくんを呼びながらそれに続いた。
ほーじくんは片膝立ちでかたまっている。ユラちゃんが大きく息を吐いた。「マオ」
ユラちゃんを振り返る。彼女は半眼になっている。
「逃げる準備をしたほうがいいかもしれないわよ。ミューを疑いたくはないけれど、あの子は心の底からディファーズの人間なの。よそから来たっていうのも魔物が居ないっていうのも、ミューには相当な負担だと思う。わたしですら意味がわかってないし、どう処理したらいいかわからないもの」
あ……そういうものなんだ。じゃあ、一応最後まで聴いてくれたほーじくんは、かなり柔軟な思考ができるってことかな。
それとも単に、俺のことを好いていてくれるから?
頭を振った。「ごめん、でもなんて云ったらいいかわからなくて」
「それはわかってる。わたしだって、魔物も職業もないところで、ここのことをどう説明したらいいかなんてわからないわよ。賢いわたしだってそうなんだから」
最後の言葉は、冗談か、彼女なりのはげましだったようだ。ユラちゃんは哀しそう、いや、ちょっと怒ったように微笑む。
「あんたがおかしくなったとか、主を冒瀆するようなことを喋ったとか、そういうことをネクゼタリー卿辺りに云うかもしれない。ミューが悪いって云ってるんじゃなくて、人間は教育ってものである程度の部分が形成されると思うの。あの子はディファーズで、ディファーズ臣民らしい親に育てられて、今まで生きてきた。その習慣みたいなものがそうさせるかもってこと。だから、逃げる準備くらいはしておいたら?」
ほーじくんが顔をゆがめた。俺はほーじくんの肩と頭を軽く撫でる。それからユラちゃんには頭を振った。
ユラちゃんは肩をすくめたけれど、満足そうに見えた。
「ごめんなさい、頭をひやしてきました」
十分くらいで、ミューくんは戻ってきた。顔色が悪い。サキくんがミューくんの顔を覗きこみ、大丈夫、とか、気分が悪いのじゃない、とか、訊いている。
ミューくんはじゅうたんに座り、サキくんもそうした。「ちゃんと、最後まで聴きます」
ミューくんは力強く云う。俺は頷く。




