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「それは」リッターくんは、テーブルの上にわだかまっている灰を、手で床へ落とした。「どういうことだ、ほーじ?」
「ぼくにもわからない」
ほーじくんは頭を振る。混乱しているのか、困ったような、すねたような表情になっている。
リッターくんが丁寧に、やわらかい調子で云った。
「お前を責めてはいない。責められるとしたら、あのような状況でぼんやりしていた俺だ」
「リッターは悪くない……」
「それについての意見の相違は、また後にしよう。ハイオスタージャ卿が、レットゥーフェルに狙われた、というのは、どういうことだ」
ほーじくんはかちかちと、右手の親指の爪で、右手の人差し指の爪を弾いた。神経質で、怯えたような仕種だ。それから、ささやくように小さな声で云う。
「見ていなかった? リッターは、ユラ達の馬車の、御者台に居た。ぼくらの馬車の、すぐうしろ」
「ああ。俺が見たのは、突然お前達の馬車が停まり、その屋根にレットゥーフェルが二頭、のったところまでだ」
リッターくんはかすかに、左腕でなにかをひっぱるような動きをする。
「トゥアフェーノが左右に分かれて逃げようとしたから、手綱の操作で目をはなした。その間に、お前達の馬車が、こちらに鼻面を向けて横倒しになっていた」
「ああ……そうか……そうだね。驚いてた、もんね。こっちのトゥアフェーノも、逃げようとしてた」
ほーじくんは頷いて、宙を見た。「ぼくが見たのは、ね」
ほーじくんの語りは辿々しい。記憶が混乱している部分も多かった。あまりに多くのことが、一度に起こったのだ。多少、記憶違いがあっても、それは責められない。
ほーじくんは、ネクゼタリーさん、ニニくんと一緒の馬車に居た。「あにさまがレティアニナに変なことを云わないように」だとほーじくんは云っていたが、変なことってなんだろう。
話の腰を折るのがいやだったので、そこはあとで尋ねることにした。
馬車内で、ほーじくんとネクゼタリーさんは、お互いを牽制していたみたい。あにさまが喋ろうとしたら邪魔した、僕が喋るのはあにさまが邪魔した、と云っていた。
で、ニニくんは黙って縮こまっていた訳だ。このところ、おなじみである。
車内の雰囲気がなかなか悪くなった(「ぼくもうおりたかったけど、あにさまがレティアニナにいろいろ云うから」)頃、馬車が急に停まった。と思ったら天井からあのメスのような槍が突き込まれ、ぐるっと前後が回転して遠心力でふっとばされて座席から落ち、困惑しているとレットゥーフェルが扉を破った。
そして、ニニくんを掴んでひきずり出した。




