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ニニくんの力が急にぬけた。
ネクゼタリーさんがはっとして、体を起こし、ニニくんを抱え上げる。頬を叩いたり、呼吸をたしかめたりしていた。レティアニナ、と呼んでいる。震え、怯えた声だ。ニニくんはまったく力をぬいていて、死体みたいにぐんにゃりして動かない。
ダストくんが座りこみ、閉じた扉に体を預けた。長い脚を折りたたんで、大きく息を吐きながら上を向き、両手で顔を覆う。そのまま髪をぐしゃぐしゃにしてしまって、ピンが数本落ちた。ダストくんは少しだけ、泣くような呼吸をする。俺にはニニくんの悲鳴は単調なものに聴こえたのだが、なにか云っていたのかもしれない。なにか、とてつもなく気の滅入るようなことを。
ネクゼタリーさんは焦った表情で、ニニくんの体を座席へのせた。黒いローブを脱いでまるめ、ニニくんの枕にする。ネクゼタリーさんのチュニックの袖がほつれているのに、その時はじめて気付いた。このひとも質素なのか、と、ちょっと……ぞっとする。
ネクゼタリーさんはひざまずいた格好で、心配そうにニニくんを見詰めていた。ぶつぶつとささやきながら、ぐったりしたニニくんの頬や額を撫でる。ニニくんの顔に血がついて、ようやくと、自分の指から血が出ていると気付いたらしい。ニニくんの歯形がついた中指を口へ持っていき、ネクゼタリーさんは哀しそうな顔になった。顔をしかめながら血を舐めている。
俺は座りこんで座席に寄りかかり、力をぬいていた。魔法の加減を間違っていないか、近くに冒瀆魔法を感知するひとが居ないか、もっとほかにやりようはなかったのか、そんなことが脳裏をぐるぐるしている。自分の手際の悪さ、このタイミングで天罰をくらっているという間の悪さ、ばかみたいになにもできなかったこと、そういうものがめぐっている。
愁夢は悪夢を見せる、相手にダメージを与えようとする魔法だ。それが、ニニくんにいいとは、思えない。でも、俺はばかだから、あれしか思い付かなかった。
扉が唐突に開いたので、ダストくんが悲鳴をあげて後ろへ転がった。この馬車は外へ向けて扉が開くようになっているのだ。馬車によって、扉が外へ開いたりなかへ開いたりする。建物だと、裾野は普通内開き。
扉を開けたのはリッターくんで、リッターくんは無表情にダストくんをうけとめた。ダストくんは驚いた顔だったが、軽く苦笑して立ち上がる。すぐに、疲れたみたいな顔になって、リッターくんの肩を叩きながらステップをおり、どこかへ歩いていった。リッターくんはそれを肩越しに見送り、くるっとこちらへ向き直る。
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