見た
その瞬間は七人全員が見た。
サキは、フォージが承諾を得ずにマオに口付けたことを、微笑ましく思った。
承諾なんていらないだろうと思ったからだ。それが「単なる親愛の口付け」ではないことは見ていてわかったけれど、ふたりは相思相愛だから問題はないだろうと。
フォージが居ない間中マオはぼんやりしていた。フォージだって、マオが居ないとぼんやりしている。お互いが心のなかを多く占めていて、ほかのことを考える余裕が少ないのだ。
だから、マオが笑って、ちゃんとしていいか訊いてね、というか、マオからももう一度口付けるか、そういうことが起こるのだと思った。
ジーナは、フォージ卿は心を決めたのね、と思った。
祇畏士は縁切りも婚姻も自由になる。だからフォージ卿は、祇畏士になればマオと一緒になれるのだと、そのようなことを云っていた。
だがジーナは、それはフォージ卿が下山してからの話だろうと考えていた。もし、まだ学生なのに結婚すれば、所在がはっきりしているフォージ卿と、奉公人であるマオに、ディファーズの人間がどんないやがらせをするかわからない。だから、下山して、同時にマオも奉公人を辞めて、ふたりで荒れ地にある村にでも行くのだろう、と、なんとなくそう予測していたのだ。そこならば、ディファーズの影響力は少ない。
けれど、御山は安全で、奉公人であっても全力でまもってくれるところだと、ジーナはこの十ヶ月あまりで学んだ。
もし、フォージ卿が、祇畏士の特権を利用してマオと婚姻を結んでも、御山は奉公人である限りマオをまもるだろう。
フォージ卿にもそれがわかって、マオにきちんと結婚を申し込むつもりなのだと、ジーナはそういうふうに思ったのだ。
ミューは、あちゃあ、ほーじのやつ突っ走ったな、と思った。
ほーじはいいやつだが、どうにも言葉がうまく出てこず、すぐに行動に移すきらいがある。特にマオに関することになると、後先考えずにやって、祇畏士の先生達を怒らせたり兄のサーダ卿に叱られたりしている。
マオに対する口付けは、親しい友人にするものとはまったく違った。勿論、子どもが親にするものや、きょうだいでするものでもない。そのように、ミューには見えた。
そういうことをするんなら、きちんとマオさんにゆるしを得なきゃあ、と、ミューは不安になった。たとい今、マオがほーじの行動を笑ってゆるしたとしても、このあとずっとそうとは限らない。
婚姻において重要なのは、相手に対する尊敬だと、ミューは考えている。妻を不当に攻撃したり、虐げていた夫が、いい加減我慢の限界に達した妻からの反撃で廟に運びこまれる、というのを、ミューは何度も治療してきた。男性の権利が異常な程に保証されているディファーズにおいてはめずらしいことだが、その逆だってないではない。
マオさんは優しいから、ほーじに反撃することはないだろうけど……ほーじ、ずっとそんな調子だと、愛想尽かしされるぜ。
リオは、まあ素敵、と小さく云った。
フォージの羽が、マオを包むように動き、まるでマオにも羽が生えているみたいに見える。リオの位置からマオの顔は見えないが、かすかに顎を上げて、フォージを受け容れているのはしっかりとわかった。ふたりは、ようやくと、お互いに素直になったのね。
ぬけるような青い空から、ふたりに光が降り注いでいる。開拓者や、あまたの神々が、ふたりを祝福しているのだろう。そうでないと筋が通らないと思うくらいに、今日の天候はなにもかもが完璧だ。綺麗な青の空に、たまに吹く心地いいくらいの風、乾燥してもいないし湿気てもいない空気、木や草の清冽で安心できる匂い。
ふたりが口付けているのは絵のように綺麗な光景で、リオは感嘆の息をもらす。マオさんも、フォージくんも、綺麗……。
フォージの髪も羽も、ひかりかがやくように見えた。リオは考えていた。ふたりがこちらへやってきたら、どんな言葉で祝福しよう? どんなに脳髄を絞っても、相応の言葉が見付からない気がする。それくらい素敵だから。
リッターは、特に感想を持たなかった。だが、ふたりの行動に疑問もない。
物事は結局、あるべきところへ収まるのだと、そんなようなことが頭を掠めた。それから、これは俺の考えではない、と思った。父の言葉だ。
どのような障壁でも、愛し合っていればそんなものは些末なことで、くだらない横槍をいれる人間や事柄は排除すればいい。それができなくて困っているのなら、お前が手をかして排除してやるのだよ。
そうだ。だから、アーフィネル達をどうにかしようと思った。
マオに、そんな障壁はない。ない……筈だ。
リッターは突然、ものすさまじい不安に襲われた。フォージが知らないなんてことはありえない。だからこんな不安は、根拠のないものだ。
ユラは、わたしがこんなににやにやしているのはらしくない、と思いながらも、笑うのを抑えられなかった。
ほーじのやつ、案外やるじゃないの。これは本当に、わたしの計画を実行するべきなのかもね。
少しくらいは、ふたりで話したいに違いない。だから、それは邪魔しない。そのあと、マオのことだからほーじの手をひいて、照れたふうも見せずにこちらへやってくるだろう。その時に、ほーじに計画を話す。自分たちが立ち会ってあげるから、今からマオを井へつれていって、婚姻の書類をつくってしまうのよ、と。
祇畏士ならば、それはゆるされた行為だ。親だの後見人だのは、祇畏士が自らの意思でつくった書類に対して、なんの力も行使できない。
案外、わたしって、勘がいいのじゃない? ほーじが覚悟を決めたの、わかっていたみたいだもの。
ユラは、マオを負ぶって運ぶ係のリッターを見上げ、笑みを消した。リッターに、さっきのをやりましょうよ、とかなんとか云うつもりだったのに、その言葉はユラの口からは出てこなかった。リッターがなにかをおそれるみたいに、マオとほーじを見ていたからだ。リッター、まさかあんた、今更マオが好きだなんて云いださないわよね?
ユラはそう不安に思った。
自分の腕のなかから、目の前から、愛するひとが消え失せる瞬間を、フォージは忘れないようにしっかりと目に焼き付けた。




