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七月十四日。俺がこちらに来てから、665日目。
朝はやくに目が覚めた。俺は用を足し、顔を洗い、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。ぐっすり眠れたからか、気分がいい。
「おはようございます」
広間に行くと、ミアリくん達が居て、挨拶してくれた。普通、奉公人同士は敬語を用いずに会話するけれど、レーイチくん達以降にはいってきた子達は、アロさん達や俺、サフェくんに対して、敬語がぬけない。
俺とサフェくんへの敬語はどうも、リッターくんやミューくん、セティさまなどのご威光のようだ。各地の有力貴族と親しいということで、俺達にも権力があるみたいに思ってしまっているのだろう。要するに、下手なこと云って目をつけられたくないってこと。
俺はミアリくん達に笑みかけた。「おはよう。みんな、はやいね。今日はなんのお仕事?」
「僕達、今日は空き間で掃除なんです」
小柄な子がちょっと不安そうに答え、ミアリくん達はひきつり気味に苦笑する。俺は苦笑いで頷いた。
三日後には山道掃除があり、奉公人達はばたついている。南の娼妓達に食べてもらうお料理の材料は、手配がすんだが、じゅうたんはまだ完成していないという情況である。十四日中になんとかなると縫製室からは報告が上がっているが、実際の進捗がどんなものなのかがわからないので、奉公人達はそこはかとない不安でぴりぴりしていた。
業務に関しても、学生さん達が減ったからその分少なくなってはいるのだけれど、かわりに神おろしと証人が居る。
彼ら彼女らは部外者なので、奉公人が常に見張っているのだ。それに対して失礼であるとか、煩わしいとか、そういうふうに文句を云うひとは居ないのだけが救いだ。神おろしさん達は基本テント泊だし、食べものを手配するのも運ぶのも面倒だし、証人達がうろつきまわっていらいらするとエイジャさんが目を血走らせていたけれど。
それに加えて、山道掃除である。今時分山道に手をいれるのは不敬になるそうなのでやらないが、空き間が汚い状態で南の娼妓達を迎えることはできない。なので、今日からお掃除、ということだろう。
俺は今日、ジーナちゃんの宣言に立ち会うから、お掃除には参加できない。お食事に関しては、明日明後日で下拵えする予定だが、それら全部俺が持ってしまうことは拒んだ。以前は材料を、かなりの量預かったのだが、その時に疲れたからと云ったらみんな納得してくれた。そもそも、完成後には収納できないけど下拵え後なら大丈夫、というのに対して、みんな多少の疑問を抱いているようだし、俺がこわがっていると思ってくれたならそれでいい。
本当は違う理由だ。山道掃除の前に、俺が御山を出て行く可能性がある。だから、山道掃除を失敗させるかもしれないことはできない。俺の都合で天罰が下ったら、申し訳ないから。




