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「マオ」
リッターくんが俺の腰に両腕をまわし、俺はリッターくんに肩に手を置いた。リッターくんの目をじっと見る。「なんにも心配しなくていいよ」
「……もう少し近付いてもいいか」
「どうぞ」
リッターくんの顔が近付く。鼻と鼻がぶつかる。やっぱりこの子、目が悪いんじゃないか?
「マオ……」
「うん」
布が擦れるような音がして、リッターくんががくんと両膝をつく。吃驚した。
見ると、ユラちゃんがリッターくんを背後から睨んでいる。かたあしを軽くあげているので、リッターくんを蹴ったらしい。
リッターくんが立ち上がって、ユラちゃんを見下ろした。「少しはまともな蹴りができるようになったな」
「あんたね、なにをマオにべたべたひっついて」
「不安だからだ」
「はあ?」ユラちゃんは大きく口を開けてから、はんと鼻で笑った。「ばかじゃないの。宣言はね、職業を指定して、それになるって云うだけなのよ。口がきけなきゃ紙に書いたっていいの。なにをどうしたら不安になるのよ。間違ったことを口走りそうだって云うんなら紙に書いて持っていきなさい」
あ、そうなんだ。
でもそうか、喋れないひとも居るもんな。そういうひとへの救済措置はないとおかしい。へー。
こっちの世界って、そういう部分はほんとにいいよな。平等で。
リッターくんは膕を見て、ちょっと眉を寄せる。「書き損じそうな場合は?」
「それ以上くちごたえしたら黒焦げにするわよ」
「ずぼんが汚れた」
「はきかえてくればいいでしょ。かえもないのかしら、ロヴィオダーリ卿?」
ユラちゃんが皮肉っぽく云うと、リッターくんは寸の間考え、こっくり頷いて、社交室を出ていった。
湖へ行く時間まで、まだだいぶある。だが、リッターくんが不安だと云うことで、俺はシアイル寮まで来ていた。二年生はもう居ないし、一年生も宣言がすんだ子はほとんどが出て行ってしまっていて、寮内に居る学生さんの人数は少ない。なので、社交室に居ても問題ないだろうと、アロさんが判断したのだ。
俺はリッターくんにちょっと手を振って見送り、ソファに腰掛けた。収納空間から羊皮紙をとりだして、眺める。
ユラちゃんが斜に座る。「なんの書類?」
「山道掃除のだよ」
隠さなくてはいけないことではないので、俺は即答する。もっと正確には、山道掃除の際、南の娼妓に食べてもらうご飯のことだ。今回は予算から関わっている。献立は決まったので、予算内でどううまくまとめたかを確認しているのだ。これで不備はないか、と。




