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「翻って」
ズフダリフ先生は顔をしかめていた。「宣言は、わかりきっている簡単なことをする。自分はなにになると口に出すだけだと、子どもの頃から聴かされていた。それが、宣言直前にどういう状態をつくりだすかといえば、まっさらな恐怖だ」
恐怖……。
ズフダリフ先生は思い出したみたいで、尚更表情をけわしくする。
「それは、かつて体験したことのないおそろしさだ。宣言は誰にだってできる、ごく簡単なものだろう? だから当然、対処法なんてものはない。当然だ。誰にだってできるんだから。井で宣言した友人に云わせれば、ことはもっと簡単で、宣言の為に並んで待ち、よくわかりもしないまま宣言して能力証をもらい、次のひとの宣言があるからとその場から追い払われる。これは気が楽だろう」
「御山では違うんですか?」
「急かされることは一切ない。お前の友人が自分の番が巡ってくるのを待っているのだからとっとと云え、なんて脅されることは。しかしそれをしてくれたほうが楽だと、俺は思った」
ほう。
ズフダリフ先生はマグをからにし、自分の傍らへ置いた。俺はそのマグに、おかわりを注ぐ。
「どうぞ」
「ああ……君は、失敗はこわくないか?」
「はあ。場合によりますけど。ひとの命がかかりでもしてなければ、平気です」
ズフダリフ先生はマグをとりあげ、笑った。
「そうか。俺は失敗がおそろしかった。自分がしくじったら親を失望させる。目をかけてくれた先生にみはなされる。そんな気持ちがふくらんだ。おそらく俺の体よりもはるかに巨大にね。宣言は、これになると云うだけだ。それで失敗したらどうしようと、気を失うところだった」
あー。簡単で、誰でもできることだから、そんな簡単なことに失敗したら……と考えてしまって、こわくなるのか。自分の影に自分で怯えるような感じ?
「例えば、還元士になると決めているのに、ひょいっと癒し手と云ってしまったり、戦士と云ってしまったらどうしようと、そんなふうに考えてしまって、七月にはいってからは何度も、還元士、と云う練習をしたんだ」
あ、そういう心配もあるのか。俺も、読み合わせでもリハーサルでもすらすら出てきた言葉が、本番で別の言葉に置き換わってしまったことが、一回だけある。そうか、それで志望の職とは別の職になってしまったらと思うと、そらこわい。かえられないもんな。
「先輩達は平然と、そんなことをするから余計に緊張するんだなんて云ってきたが、なにもせずには居られなかった。後で訊いたら、先輩達も同じように、なりたい職業を何度も口にして、宣言で失敗しないようにしていたと白状した」
ズフダリフ先生はそう云って、ちょっとだけ笑った。
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