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ああ、今はだめだ。
リッターくんの手を振り解いた。力はなんにもはいっていなかった。俺はサキくんに駈け寄り、涙目で荒い呼吸の彼の右腕を掴む。「ま。マオさん」
なにも云いようがない。
サキくんは左手で目許を覆い、せなかを丸めた。俺はサキくんの頭を抱えるみたいにして、頭やせなかを乱暴に撫でる。サキくんは咽をひいひいいわせている。
「大丈夫、だいじょうぶだよ」
なにが大丈夫なのかは自分でもわからないが、宥めようという意識しかなかった。サキくんがこぼした涙が、俺のチュニックに落ちた。
「サキ」
リッターくんが訝しげに云う。俺は肩越しにリッターくんを見る。
リッターくんは、困惑しているようだ。眉が少し寄っていて、小首を傾げる。「お前……なにを云っている」
サキくんは答えずに、俺の服をぎゅっと掴んだ。俺はなんといったらいいかわからなくて、ただ、サキくんを宥めようとする。
俺の存在がサキくんを動揺させたのじゃないだろうか。シークンさまがほのめかしていたみたいに、ここでリッターくんとふたりで居たのが、サキくんの目にどう映ったか、俺は考えてもいなかった。また、傷付けた。
「サキ」
マオさん、と小さな声がした。サキくんは泣いている。「今リッターと一緒に居たくない」
俺はリッターくんを見る。「ごめん、リッターくん、戻って。ラウトさんに、俺がサキくんと一緒に居るって伝えておいてくれるかな。あの……どういう事情かは云わないで」
「しかし……」
「お願い」
リッターくんは数歩後退り、ぱっとこちらに背を向けて走っていった。
「ごめんなさい」
お昼の鐘の音が響いている。
俺はチュニックをかえていた。サキくんの涙とはなみずでどうしようもなかったからだ。
「ううん。ほら、あたらしいのになったよ。へいきだよ」
「僕はばかだ」
サキくんは地べたに座り、両手で顔をおさえている。俺はその傍に両膝をつき、サキくんの肩を軽く叩いた。「大丈夫」
「リッターと喋っていると、時々、気持ちが制御できなくなってしまう」
サキくんはしゃくりあげる。俺はなにも云えなくて、サキくんのせなかを撫でる。「俺が悪かったよね」
「違います。マオさんはなにも悪くない」
サキくんはこちらを見る。目が真っ赤だ。俺は収納空間から水薬をとりだし、サキくんに壜を握らせた。魔力を補うものだ。水薬はおいしくはないがまずくもない。
サキくんは壜の蓋を還元してしまって、喘ぐ。俺は手巾でその顔を拭い、洟をかませた。




