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ロイネちゃんは頭を振る。
「わたしはばかでした。弟と離れない為に、もっと簡単な方法があった。エンバーダート卿の申し出を断る。それだけでいい。なのにそれをやらなかった。わたしはスニッペン家の、父親不在の娘でいることが、いやだった。とても。北部百軒じゃない、エンバーダート家の娘になれるかもしれない、その欲が、弟を思う気持ちに勝った。それだけの話だったんです」
「そんな……」
「本当に、ごめんなさい。給仕さん達にも伝えてください。あの娘は悪党だと。ジーナのことを教えてくれたひとも居ましたから。あの子にはなにをしてもかなわないのを確認しただけだった。ジーナはとても優しくて、繊細な子だそうですね。わたしとは大違い」
「違わない」
思わず喚く。ロイネちゃんは半分微笑んだまま、ゆっくりと口を噤む。
「ロイネちゃん、弟さんの為に、頑張ってたんでしょ。なら充分弟さんのこと思ってる。それにジーナちゃんのことだって、根も葉もないことを噂にすれば、わざわざ四月の雨亭に偵察に来る必要、なかった。それをしないし、こうやって律儀に謝ってる。悪いひとじゃない」
「それじゃあ、考えの浅い、愚か者です」
ロイネちゃんは静かにそう云って、灯を消した。
「待って」
くるっと背を向けたロイネちゃんに、俺は云った。ロイネちゃんはとまる。
「……なんですか」
「あの。巧く云えないんだけどさ。俺はロイネちゃんの気持ちは解るよ。父親が同じなのに能力で差別されて、弟は無視されて、そんなのおかしいって思うし、でもエンバーダート家に迎えいれてもらえるならそうしたいって思うのも解る。それは、ロイネちゃんだけのことじゃないでしょ。そうすることで、ロイネちゃんのお母さんとか、お母さんの親御さんとかが喜ぶかもなんだし、そうしたいなって思ったってなにも悪くないよ」
本音だ。ロイネちゃんの心の動きは変なことじゃない。おかしいのはエンバーダート卿や、女子どもを道具のように扱ってもゆるされる風潮だろう。
ロイネちゃんはなにも云わない。
「でもさ、そうやって、ひとが失敗するよう望むとか、ひとをおとしいれようとするとか、そういうのって、結局は自分が苦しくなっちゃうんだって。だから今、それを辞められて、よかったんだよ。そういう決断ができるロイネちゃんは凄いんだよ」
「初めからやらないひとだって居るわ」
「だとしても。ねえ、入山試験うかったら、待ってる。俺奉公人の試験に通ったんだ。だから、絶対、頑張って」
ロイネちゃんは振り返ろうとして、しかし辞めた。そのまま歩いていく。俺の言葉をどうとったか、それは解らない。




