星行夜帰☆彡 キャラコ 3
おちつかない。あせっている。
警邏隊から、マオちゃんがさらわれたと聴いた直後、キャラコは外へ出て行こうとした。助けに行こうと思ったのだ。一度、人攫いをぼこぼこにしていることだし、勝手は解っている。殴って、蹴って、ぶちのめせばいい。ああ、マオちゃんに万一のことがあったら、生きていかれん。
が、キョウスケとレンにとめられた。キャラコが血相変えて出ていけば、警邏隊に勘ぐられる。もしかしたら、キョウスケの顔を知っている誰かに、気付かれるかもしれない。
ひとりで行く、とキャラコは抵抗したが、レンに諭され、大人しくなった。レンの言葉は理屈が通っていたからだ。もし、キャラコとマオちゃんになんらかのつながりがあることが解って、そこから異世界だのなんだのまで露見したら、マオちゃんの居場所がなくなる。キャラコとキョウスケは戦える職だから大丈夫だけど、マオちゃんは戦えない。
戦えるかどうかは知らないが、優しいマオちゃんのことだ。ひとを傷付けることは嫌う筈。戦えんのと一緒や。キャラコはそう思った。
だから、じりじりと焙られるみたいに焦った心持ちだったけれど、我慢していた。警邏隊が居なくなって、それからゆっくりさがしに行けばいい。
さいわい、レンは伝糸持ちで、緑珠に連絡してくれた。緑珠は最近、北で一番大きい市場で店を開いている。北だったら、ここよりも四月の雨亭に近い。様子をうかがってきて、と、頼んでくれたのだ。
警邏隊はなかなか出ていかない。ここの宿は部屋数が多いみたいで、それをひとつひとつあらためているのだから、当然時間がかかる。
「キャラコさん、大丈夫だよ。警邏隊は優秀なんだから」
キョウスケが云う。キャラコは、云い返したい気持ちを抑える。キョウスケさんひとり捕まえきらんやないの、という言葉を飲み込む。
実際、警邏隊はちゃんとした組織だし、治安維持にはとても役に立っていると思う。それは解る。でも、犯罪を十割検挙できて、どんな事件の犯人も逃がさないなんてことは、どれだけ優秀な組織であってもありえない。それが可能なら、そもそも犯罪自体起こらない筈だ。なにをしたって捕まるのだから。
幾ら犯罪者だって、勝算のない仕事はしないだろう。ということは、マオちゃんをさらって、無事で居られるつもりなのだ。
キャラコは拳をつくる。警邏隊が逃がしても、わたしは逃がさん。
「お騒がせをいたしました」
給仕が出てきた。漸くと解放されると思ったのに、湯気の立つお茶を持ってくる。更に、警邏隊も数人、テーブルへ案内されていた。仕事せんか、と思ったけれど、キャラコはなにも云わない。
「当宿の疑いは晴れました。お客さまがた、ご安心ください。お部屋をあらためるような失礼がありましたので、こちらはお詫びです。今夜の宿賃は戴きません」
あたたかいお茶と、ケーキが出てくる。キョウスケが給仕を見てなにか云おうとしたが、先んじられた。「お客さまの知り合いのかたでも、警邏隊から疑われたのは同じです。お詫びとしてお納めください」
あのキョウスケが黙ってしまった。レンは平然と、ケーキを食べはじめる。たっぷりシロップを染みこませてあるのがわかる、バターケーキだ。甘そうで、キャラコは皿をキョウスケへとおしやった。
「暫く待機だって」
耳に手をあてていた警邏隊員が、ぼそっと云った。向かいに座ってケーキをむさぼっているのが、もごもごと返す。
「どうして? 北に応援、いかなくていいのか」
「東の酒場で怪しいとこがあるんだってさ。それにマオさん、南の娼妓を沢山あしぬけさせたんだって。だから、その子達のお得意から恨まれてるかも」
「ああ、あの子達、セロベルんとこで雇ったんでしょ。後ほら、もともと南で顔役やってた、可愛い子」
「リーニさんでしょう?」
「そお。秋の娘亭ってやってるじゃない。そこで何人か働く予定なんだって。マオ、優しいから、南の娼妓達の就職先手配してあげたのよ」
「ああ、そうだったんだ」
キャラコは鼻の奥が痛くなってきて、顔をしかめた。すんと洟をすする。マオちゃんは、やっぱりとても優しい。
「隊長達も大変みたいですよ。なんだっけ……シアイルの。マオさんと親しい貴族」
「ロヴィオダーリの三男」
「そうその、ロヴィオダーリ。その子のもと許嫁も怪しいんじゃないかって。マオさんにとられたと思ってるみたいで」
「マオってファバーシウスの嫡男とも親しかったでしょ?」
「エンバーダート嬢とも」
「レフオーブル嬢が協会までおしかけてきたこともあったっけ」
「ロアの貴族とも親しいぜ」
「あとはディヴァインのご子息」
「ほら、その辺考えてたら、ぐちゃぐちゃするじゃないですか。だからどこから調べるか、あぐねてるんです」
マオちゃんの交友関係は豪華らしい。その、貴族さまとかなんとかが、マオちゃんをさがす手伝いをしてくれたらいいのに。
警邏隊はケーキとお茶を片付けて暫くすると、宿からですという給仕にむりやり代金を握らせて、出ていった。キャラコは席を立つ。
走ると怪しまれる、となんとなく思う。だから、歩いて外へ向かった。「キャラコさん」
「キョウスケさんは、来んで」ちらっと見た。「ひとりで平気」
「ねえ、わたしも行く」
キョウスケだけでなく、レンも追ってきた。キャラコは眉を寄せる。レンは戦えない。
レンは云う。
「緑珠ちゃんがなにか調べてくれてるかもしれない。キャラコちゃんひとりじゃ、緑珠ちゃんとすれちがっちゃう」
「……解りました」
キャラコは頷いて、通りへ出た。
キョウスケはレントの外へ出て、隠れているそうだ。そのほうがいいだろう。もし、マオちゃんをさがしている警邏隊が、キョウスケを見付けたら、人攫いの犯人として追われかねない。そうなったら本筋の捜査がおろそかになる。捜査を撹乱する意図はない。
キャラコはまったく、落ち着かなかった。マオちゃんがさらわれたと聴いてから、おそらく二時間程度経っている。レントの外へ運び出された可能性だってあるし、安心できる要素はない。まったく。
キャラコは段々と、あしをはやめていた。とにかく四月の雨亭へいけば、なにか解るかもしれない。マオちゃんがさらわれた情況でも解れば、なにかの手がかりになる。
「あっ」
ひとにぶつかってしまった。キャラコははっと我に返り、転んだひとへ手を伸ばす。「ごめんなさい」
「ああ、いいですよ、あたし焦ってて、ごめんなさいお嬢さん」
キャラコの手を掴んで立ち上がった、苦いチョコレートのような色の肌をした女性は、きょとんとした。「あれ? こないだマオさんと一緒に居た」
「え? ……あ」
キャラコはぽかんとする。マオちゃんと宿で会談したあと、通りまで送った時に、この女性を見ている。というか、マオちゃんと知り合いらしかった。話していたから。
女性はキャラコの手をはなさず、必死な様子で云う。
「あの、もしかして、マオさん見てないですか? あの、あなたの道案内したひとです。これくらいの背丈で、髪はあなたみたいに真っ黒で」
キャラコはどう答えたらいいか解らず、口を半開きにしている。女性はもどかしそうだ。
「実は、マオさん居なくなっちゃって、そんでさらわれたかも」
「アルルサプ!」
鋭い声がした。女性がそちらを向く。キャラコもつられた。
帯剣した、背の高い女性が立っていた。傭兵らしい。巻き毛をポニーテールにしているが、不器用なのか後れ毛がひょろひょろと出ていた。
傭兵はつかつかとやってくる。「お前がこっちの市場に居るんじゃないかって云うからついてきたんだろ。案内しろよ」
「ああ、だって、マオさんの知り合いが居たの! 知り合いって云うか、マオさんが道案内してたひと」
「はあ? マオさんは親切だから道案内くらいするだろう。その全員をあたってたら何日もかかる」
傭兵は溜め息まじりに云って、女性の手を軽く叩いた。キャラコと女性の手がはなれる。
「お嬢さん、申し訳ない、こいつは焦るとろくでもないことをしでかすんです。でも、もし、マオさんに関してなにかご存じなら」
「いえ」キャラコは頭を振る。「存じ上げません」
「ああ、そうでしょうとも。ひきとめて申し訳ありません。人攫いが出ましたから、華奢なお嬢さん、気を付けて。ほらアルルサプ、いくぞ」
傭兵が走り出し、待ってよ、と女性が追い縋った。
キャラコは暫し、茫然としていたが、再び歩き出す。色んなひとがマオちゃんをさがしてる、と思ったら、ちょっとだけ呼吸が楽になった。そうや、マオちゃんは優しくて、みんなに好かれちょる。みんな、マオちゃんをさがしてくれよる。「マオさんって、いいひと?」
「はい。とても」
レンの唐突な質問にも、キャラコは即答した。それ以外になんと云ったらいいんだろう。
「オオウチ!」
「あ、緑珠ちゃん」
夢中で歩いているうちに、北まで来ていた。キャラコは俯けていた顔を上げ、こちらに走ってくるひとを見る。四十前後の男性だ。ひげをはやしているのがどうにもうさんくさい。
男性はキャラコ達の前で停まる。キャラコ達も停まっていた。レンが男性を示す。「キャラコちゃん、このひとが緑珠ちゃん。緑珠ちゃん、このひとがキャラコちゃん」
「ああ、災難だったなお嬢ちゃん、折角レントに来たのに、その日にぼんがさらわれるなんてよ」
「災難なのは、マオちゃんです」
つるっと口をついて出た。ふたりは顔を見合わせる。
「……とりあえず、四月の雨亭まで行ってみたけど、大騒動だ」
「そうなの? 料理人ひとりのことでしょ?」
「クニタチの料理は旨いんだよ。それに、ひとりじゃねえ。シアイルの貴族のぼっちゃんと、もともとディファーズの偉いさんだったひとの娘まで一緒に居なくなってる」
なにやら、大事のようだ。でも、貴族の子どもも一緒だというのなら、そちらが狙いでマオちゃんはまきこまれたのかもしれない。
とりあえず、四月の雨亭まで行こう、ということになり、三人は歩いた。リョクジュが一度、様子を見てきたが、警邏隊や傭兵、娼妓と思しい子達、貴族のめしつかいのようなひと達まで大勢出入りしていて、ものものしい雰囲気だったそうだ。
四月の雨亭まで後少し、というところで、腕を掴まれた。ぼーっとしていたキャラコは、反射的に投げそうになり、怺える。
腕を掴んできたのがスマだったからだ。
「お。おねえさん」
スマは息苦しそうだった。レンとリョクジュが不審げにしたので、キャラコは云う。「知り合いです」
「ああ……どうした、ぼん」
「……おねえさん、さつじんき、どんなやつだった?」
殺人鬼?
寸の間考え、キャラコは思い出す。彼らには、そんないいわけをしていた。追われていて隠れていたのだと。殺人鬼だとは云っていないが、勝手に勘違いしてくれて好都合だった。
キャラコは唸る。「どんなって……」
「あの、と。友達がさ。マオって云うんだけど、凄くいいやつで、さ、さらわれたって、だから、もしかしたら殺人鬼かもって。南五番の顔役だった妓とか、美人ばっかり狙っててさ。だからマオ、マオ美人だから、狙われたのかも」
スマはそこまで、苦しそうに云って、意識を失った。
倒れそうになったのを、キャラコは横抱きにする。スマは驚く程軽い。レンが冷静に、スマに手をかざし、恢復魔法をかけた。
「スマ」
「あ、キャラコさん」
……ユカリとシュエナ、それにノルだ。四人も、マオちゃんの知り合いのようだったが、自主的に捜索するくらい親しいのか。
キャラコは軽く頷く。
「いきなり倒れて……マオって?」
「ああ、スマが走っていったの、キャラコさんに話ききたかったんだ」
「殺人鬼かもだもん」
「ごめん、迷惑かけてばかりだよね」
キャラコは頭を振る。
スマが目を覚まさないので、近くの食堂へ行くことになった。ユカリ達はスマを抱える体力がないので、キャラコが横抱きにしたままだ。レンが恢復したので、命には関わらないだろうとのこと。
食堂は閉まっていたが、ノルが扉を叩き、なのると、開いた。ふっくらした小柄な男性が顔を出す。
「ノル? スマ、どうしたんだ」
「マオがさらわれて、動揺して倒れちゃったんだ。椅子かしてもらえる? ディル」
「ああ、かまわないよ。這入りなさい」
導かれるまま、あしを踏みいれた。
掃除中だったらしい、テーブルの上に椅子を置いている。それを亭主と思しい男性はおろし、そのうちふたつをくっつけた。キャラコはそこに、スマを寝かせる。別の椅子に、ユカリ達が座り、スマの様子をうかがう。亭主は奥のほうへと移動する。
「マオちゃん、見付かってないの?」
「うん」ノルが亭主の居るほうをちらっと見て、答えた。「でも、カイザサイグは関係ないみたい。お嬢さんが血相変えてマオをさがしてるって」
「そうか、マオちゃん、人望あるから」
「リッターの家とレフオーブルも、みんなでさがしてるみたい。ツィーさまが凄く怒ってた。マオを傷付けたら、体中の皮をはいでやるって。でもほんとだよ、僕だって同じ気持ちだもん」
「エンバーダートもでばってるみたいだぜ」
「そうなの?」
亭主は、お盆にマグをのせ、戻ってきた。強烈な匂いがする。
「ほら、気付け」
「ありがと……」
ノルがマグをうけとり、ユカリとシュエナでスマの上体を軽く起こす。マグを口許へ持っていっただけで、スマはうーんと唸って目を開けた。
「……あ、ごめん、俺」
「いいよ」
「なあ、なにか食べるか? 材料余ってるから、目玉焼きくらいならできる。お前達、ほんとなら今頃めしだろ。ちゃんと寝てからさ。腹減ってるんじゃないか」
娼妓は夜に仕事をする。だから、今時分は寝ているものなのだろう。それに気付かなかったので、キャラコは自分をはじた。
今日の仕事ができなくても、マオちゃんをさがす。そういう気持ちで居てくれているのだ。
「お嬢さん、ありがとうございます」
亭主から頭を下げられた。キャラコは頭を振る。「いえ」
「お礼に、なにかつくりますよ。四月の雨亭程じゃないけれど、うちもまあまあ人気なんです。娼妓が仕事帰りに食べられるよう、あさはやくからあけてるんで、娼妓ばかり来ますけど」
それで知り合いなのだろうか。
キャラコはもう一度、頭を振ろうとした。
ばんと誰かが扉を叩いた。キャラコはびくついたし、亭主もそうだ。
扉が開き、髪を短く切って、ピアスをしていない男の子が、顔を覗かせた。「ディル、マオ、見付かったって!」
力がぬけた。キャラコはふらふらと、空いていた椅子へ座りこむ。レンが傍に屈み込んで、恢復魔法をかけてくれた。
亭主が嬉しそうな声を出す。「そうか、よかった……あ、怪我はないのか?」
「大丈夫みたい。俺、ほかの店にも伝えてくる」
「気を付けろよ、ティーズ!」
男の子が居なくなる。ノルが安堵の息を吐く。
「よ……よかったあ。マオもリッターも殺されちゃったらって思って、僕、ぼく……」
「なんかつくる」ディルが奥へ行った。「お前ら、食べろ」
「キャラコちゃん、大丈夫?」
レンが低声で訊いてきた。キャラコは頷く。リョクジュが、見てくる、と云って、出ていった。
安堵のあまり、キャラコは暫く動けなかった。その間にリョクジュが四月の雨亭を見てきて、心底ほっとした様子で戻ってくる。
「三人とも見付かったってよ。今、馬車で戻ってる最中だそうだ。よかったな、ぼん」
「ありがとおじさん」
スマが泣くような声を出した。キャラコも泣きそうだ。
ディルが、目玉焼きとパン、スープ、という簡単な食事をつくって、持ってきた。キャラコ達の分もある。「スマを助けてくれたかた達に、お礼」
断る理由はなくなった。マオちゃんが見付かったのなら、このあとどうなるかは、気になるけれど関われない。
スープは穏やかで、優しい味だった。チーズを削っていれているのが、とてもおいしい。
「あ」
ノルがぴょんと席を立った。
「そうだった。さがしてたんだ、キャラコさん達。あの、お金のことで」
「ああ……」
暫くぶりに声が出た。キャラコは微笑む。「ほんとに、気にせんで」
「ううん。お金、戻ってきたんだ。僕のも、兄貴のも」
ノルは嬉しそうに笑う。「警邏隊がすぐ、泥棒を捕まえてくれて。兄貴のほうは、お昼過ぎくらいに、返しに来てくれた。やっぱり世のなか、悪いひとばかりじゃないんだよ、な?」
最後は仲間達へ向けての言葉だ。スマ達は、ぺろっと舌を出す。和やかで明るい雰囲気で、キャラコは漸く、本当に安心できた。




