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2023


 それなのに、ランスはローブを脱ぎ、袖をまくり、屈み込んで、水魔法でたらいに水を張っていた。洗濯をするのだ。能力値の低い人間がやっている作業を、今からやらないといけない。気が塞ぐし、どうやればいいかも正確には知らない。だが、学んでおけばよかったとも思えなかった。

 たらいと、汚れもの、籐かごはあるが、それだけだった。幾らランスでも、洗濯には体を洗うのと同じく、せっけんが必要であることくらい知っている。もしくは、清掃人や洗滌人のような家政魔法が。


 家政系魔法をつかえる連中は、たらいを泡だらけにしていた。自分達に有利な内容の試験で、嬉しそうだ。ランスはそれを恨みっぽく睨んでいた。

 後ろのほうで、年嵩の男が手をあげた。「試験官、せっけんをください」

 試験官が私兵に耳打ちし、せっけんのはいった籐かごが運びこまれた。別の受験者が手をあげる。

「試験官、わたしもせっけんが必要です」

「せっけんが要る者は、自由にとっていきなさい」

 やれやれ、少なくとも洗濯の体裁を整えることはできそうだ、と、ランスは苦く笑いながら、試験官達の目の前に置かれたせっけんをとりに行った。せっけんは、緑や、黄色っぽいもの、赤など、種類が幾らかあった。ランスはどれを選んだらいいか解らず、直前にとっていった者をまねて、緑色のものを手にした。


 せっけんがあっても、たいした成果はない。

 ランスはまったく、困り果てていた。おそらく、体を洗うのと同じで、汚れものにせっけんをこすりつけて洗うのだろう。それは解る。だが、たらいに汚れものをいれ、せっけんをこすりつけ、ゆすいでみても、綺麗にはならない。匂いがするし、うす汚れたままだ。


 なんだか腰の辺りがひやっと冷たい。見てみると、誰かがたらいをひっくり返したようで、地面に水が流れている。それが、ランスのドレスの裾に染みこみ、腰にまで達したのだ。ランスはたらいをひっくり返したやつの顔を見てやろうと、水の流れてくるほうへ目をやった。なんなら、試験に落ちた後(うかると思ってなんかいない)、そいつとひと悶着起こして憂さを晴らしてもいい。

 そして、かたまった。


 ランスは結局、水を流したやつを見付けることはなかった。それよりも手前、ランスの隣で作業している者に目を奪われた。

 そいつは、ひとりだけ遅れてやってきた、もと補助教官と次席下山者に推薦されている、こどもっぽい男だ。耳飾りは一切しておらず、まっくろの髪はつやつやしているが、はずかしい程短い。そう云った稼業の人間なのだろう。だから、家政婦にさえなれない、底辺をうごめいているような人種だ。


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