星行夜帰☆彡 キャラコ 2
いい匂いがする。
子どもの頃、大伯母さんがつくってくれたドーナツの匂い。それに似ている。もしくは、叔母さんのつくってくれた、むしパン。叔父さんのクッキー。
キャラコはすーっと息を吸う。キョウスケも似たようなものだった。「母さんのパンの匂いだ」
キャラコは頷く。見ているのは、揚げパンの屋台だ。女性がひとりでお客をさばいていた。人気があるみたいで、行列ができている。
揚げたてのパンに軽く砂糖をまぶし、小さな紙袋にいれてお客に渡している。量り売りのようだ。キャラコが認識している揚げパンの値段より、だいぶ高かった。
キャラコはキョウスケと目を合わせ、頷いて、列に並んだ。
すでに、どれくらいのお客が来るかは、なんとなく解っているのだろう。行列は長いけれど、やりとりはスムーズで、一定のテンポですすんでいく。ふたりは特に喋るでもなく、自分達の番を待った。
屋台の前まですすむ。女性がにこっとした。喋りかたは、ちょっとぎこちない。「ご注文は?」
「一番大きい袋で、ひとつ」
キョウスケがにこにこして、代金をさしだした。女性はちょっと眉をひそめる。キャラコが喋ろうとするのに被せて云う。
「緑珠ちゃんが云ってたひと達? ごめん、すぐ終わるから、あっちで待っててくれるかしら」
ひょいと、市場の隅、積み上げられた木箱を示す。
なんで解ったんやろ、とキャラコは啞然としたが、キョウスケは頷いて、揚げパンの袋をうけとる。そのまま、キャラコの腕を掴んで、木箱へとひっぱっていった。
揚げパンはおいしいが、甘かった。木箱に座ったキャラコはふたつ食べて、手を停める。
隣のキョウスケはぱくぱくと、残りを食べ続けた。キャラコはあしを伸ばし、ちらっと近場の屋台を見る。おいしそうな香りだ。焼きたてのナンに、黄身と白身がまざりきっていない状態のたまご焼きと、たっぷりの葉物野菜をはさんで、ざっくりと切ったサンドウィッチである。たまごをかきまぜる時にそれなりの量の塩をいれているので、味がしっかりしていておいしいと思う。
「お待たせ」
キャラコがサンドウィッチを買うかどうかなやんでいるうちに、揚げパンは全部売れたらしい。屋台もなくなっていた。四時間までは場所代を払わなくていいと聴いたことがあるから、さっさと片付けるのだろう。
揚げパン屋の女性は、エプロンを外して収納し、三角巾もとって同じようにした。すねがちらちら覗く丈の、すっきりしたシルエットのドレスに、とりだしたローブをさっと羽織る。身長はキャラコより低い。年齢は、同じくらいか少し上か、と、キャラコは考える。
女性はローブのポケットに手をいれ、軽く肩をすくめた。
「なんか、変な感じ。わたし、オオウチレン。キョウスケさんと、キャラコさんで、あってる?」
落ち着いて話せるところで、と、レンはふたりを市場から連れ出した。キョウスケはレンに興味津々だ。「屋台、どうしたんですか?」
「収納した。緑珠ちゃんから聴いてない?」
「ああ、俺達、さっきレントに着いたばかりなんです」
「じゃ、緑珠ちゃんにはまだ会ってないんだ」
先を歩くレンは、肩越しにキャラコを見て、にやっとする。「緑珠ちゃんのこと、とらないでね」
冗談なのか本気なのか、判断しかねて、キャラコは首を傾げた。
レンは、道中、ぽつぽつとだが喋った。
「今、レントに住んでるんだけど、宿住まいなの。入山目当てのひとでどこもいっぱいで。南のほうは安いんだけど、治安が悪いから……ここの二階」
銀の池亭、とキョウスケが呟いた。キャラコには読めない。
レンがふふっと笑った。
「いいね、読めるひとは。ここね、食べもの関係のひとばっかり泊まってるの。厨房がみっつあって、つかっていいんだよね。だからみんなここで仕込みして、屋台ひいてく」
レンは云いながら門を潜る。キャラコ達も続いた。部屋へ通されるのかと思ったが、レンは前庭で働く従業員に挨拶してから、建物の脇を通り、中庭へ行く。
中庭はひろく、花が咲き誇り、甘い匂いがしていた。金属製のテーブルとベンチが、幾つか設置されている。レンはそのひとつに向かい、ベンチに座った。「どうぞ」
促され、キャラコ達は向かいに座る。
レンは小さな声で云う。
「えーっと、さっきも云ったけど、あらためて。オオウチレンです。大小の大に、内側の内、蓮の花の蓮。大内蓮」
「あ、日渡京介です。日光の日に、譲渡の渡、みやこって読む京に、介助の介」
「四滝伽羅子です。数字の四に、滝行の滝、お香の伽羅に、子孫の子」
レンと同様、漢字の説明までする。レンは何故かくすくす笑った。キャラコは首を傾げる。
「ごめんなさい。こういうのって、性格出るでしょ。滝行って久々に聴いたし」レンは笑いをおさめ、しみじみと云う。「本当に、久々に」
レンは収納空間を開いて、紙袋をとりだした。いい香りが漂ってくる。売りものの揚げパンだ。
レンは紙袋のなかに手をつっこんで、揚げパンをとりだし、かじった。「よかったらどうぞ。売れ残りで悪いけど、わたしの収納空間はレベル高いし、まだ食べられるから」
「ありがとうございます」
キョウスケは素直に礼を云い、揚げパンへ手を伸ばす。キャラコは、揚げパンの劣化を気にしてはいないが、甘いものをこれ以上食べたら頭痛なる、と思い、半笑いで遠慮した。
「じゃあ、ふたりは荒れ地へ行くつもり?」
「いつになるかは解りませんけど」
キョウスケが云い、キャラコは頷く。レンはちょっと黙って、小さく頷いた。
お互い、どういった情況で転移してきたのか、これからどうするのか、などを話した後だ。
レンは、飛行機で移動中、転移した。キャラメイクをさせられ、それが終わって放り出されたのが、「緑珠ちゃん」の幌馬車の上だったそうだ。
初めはリアルな夢か、新しいゲームかなにか、だと思っていた。でも、すぐにそうではないと思った。食べものや、見たことのない生きものまで、あまりにもリアルすぎるからだ。
なおかつ、もし夢だとしても目覚めなければずっとここに居るのだ、と思った。だから、真剣にこちらの世界で生きる方法を模索した。と同時に、最初はもとの世界へ戻る方法もさがしていた。
その時に荒れ地を突っ切ることは考えたそうだが、魔物がうじゃうじゃしているらしい荒れ地にいけるような職業ではなく、諦めた。
「ふたりがそうしたいなら、わたしは停めない。応援する」
「ありがとうございます」
レンはにこっとする。からになった紙袋を収納し、ちょっと待ってねと居なくなった。
キョウスケが云う。「感じのいいひとだね」
「うん……」
キャラコは頷く。ちょっと失礼やったかな、と考えていた。レンは荒れ地に行きたくても行けないのだ。話すことではなかったかもしれない。
「お待たせ」
すぐに、レンは戻ってくる。お茶を持ってきてくれた。
ありがたく戴くと、ほのかにはっかのような風味がして、おいしい。
「ちょっと、時間かかっちゃって……ああ、こうやってお喋りできるのって、いいね。わたし、ひさしぶりにこんなに喋った。緑珠ちゃんとも、このところまともに顔を合わせていないし」
レンはマグを置き、ぐーっと伸びをする。「あー、いい気分……あ、ちょっと、まずい」
ぽつぽつと雨が降ってきた。三人とも慌てて軒下へ避難する。
雨はみるみるうちに強さを増し、土砂降りになった。泥がはねてくるので、レンの先導で屋内へ這入る。
十四・五歳の子ども達が、お揃いの服で働いていた。シーツを持って走りまわったり、そこかしこを掃除したりしている。そのうちのひとりが、タオルを持って飛んできた。「どうぞ、お客さま」
「ああ、俺達はお客じゃないよ、ぼく」
キョウスケがそう断ったが、男の子はキャラコとキョウスケにもタオルをおしつけ、走り去る。キョウスケがぼやいた。「チップをあげるんだった」
レンさんがふっと息を吐く。
「ほんとに、変な感じ。キョウスケくん、今なんて云ったの?」
「はい?」
「ごめん、皮肉とかそう云うのじゃないの。わたし、言語スキルとってなくて、だからこっちの言葉ってほとんど解らない」
暫く思考停止していた。
そうか。それで、ぎこちない喋りかた、と感じたのだ。
キョウスケが自分がなんと云ったか、説明した。言語:異世界は、どちらにも解る言葉にしてくれるような、器用な効果はないらしい。なら、マオちゃんと三人で喋った時、わたし達もとの世界の言葉をつかいよったんじゃろうか、とキャラコは思う。
一階には食堂があって、タオルで体の水気をとった三人は、そこへ這入った。あたたかいお茶を注文する。三人で銀貨1枚で、ここはおごらせて、とレンが支払った。
お茶と、数枚ずつクッキーも運ばれてくる。給仕がタオルを回収していった。
「ふたりとも、マオさんには会う予定なの?」
「あー……あちらの都合がよかったら、会いたいかな。色々と、新しい資料も手にはいったので、見てもらいたいんです」
「マオちゃんは字、読めますから」
レンは頷く。「緑珠ちゃんから聴いてる。わたしも、何度か会いに行こうかなって思ったんだけど、……最近何度か、身のまわりで事件が起こってるらしくて、近付きがたいの」
さらわれたという、あれか。
しかし、それだけではなかった。四月の雨亭の目の前で傭兵が馬車にはねられたり、給仕がひとり突然辞めたり、大変な情況らしい。
「大変だろうから、そこで故郷の話をする為に尋ねるってのも、ね。それに、ぼろが出たらいやだもの」
気持ちは解る、気がした。キョウスケも頷いている。
レンはあたたかいお茶をすする。
「でもなんか、凄いお宿みたい。警邏隊がいりびたってるし、御山で勉強したひとがやってるんでしょ。わたし、御山って、どれくらい凄い場所なのか解ってなくて、緑珠ちゃんに聴いて吃驚しちゃった」
「ああ、俺達もですよ。マオさんから聴いて、凄いものなんだなあって。ね、キャラコさん」
「ああ」
レンはにっこりする。「お料理、とってもおいしいって聴いたから、落ち着いたら行こうと思ってるの」
「雨、やんだみたいね」
食堂の窓を開けてまわる給仕を見て、レンが云う。三人はまた、暫く話しこんでいた。異世界から来た人間が書いたと思しい文書について、だ。キャラコの収納空間から数枚、その写しをとりだして、見せたが、レンは唸っていた。そのうちの一枚に関しては、三人とも見解が一致した。こちらの人間が書いた、偽造文書だ。
ばたばたとあしおとがする。十歳くらいの従業員が飛び込んできて、給仕を捕まえ、なにやら伝えていた。給仕は頷いて、こどもへ指示を出し、厨房へひっこむ。
「お客さまがた、失礼をいたします」
少年が頭を下げ、それから喋った。「たった今、警邏隊から、人攫いが出たとの連絡がございました。この宿が関わりないと証明する為に、警邏隊にあらためてもらいます。客室も調べますので、お客さまがたはどうぞお立ち会いください」
少年は云うだけ云って、立ち去る。食堂内にお客は十人以上居たが、皆、特に文句を云うでもなく、席を立って食堂を出て行く。
「なんか、大変なことになってますね」
「去年、組織的な人攫いがあったから、厳しくなってるんだって。緑珠ちゃんが云ってたの」
人攫いに苦い思いのあるキャラコは、思わず顔をしかめる。
「いいんですか、立ち会わなくて」
「うん、どうせなんにも置いてないから。全部収納」
「キャラコさんみたいだなあ」
ふたりはのんびり喋っている。そこへ、ものものしく武装した警邏隊がやってきた。キョウスケは平然としているが、キャラコは生きた心地がしない。
キョウスケに、警邏隊が来るなら逃げようと提案したが、却下されたのだ。今出ていったら怪しまれる、と。ご説もっともなので、キャラコはひきさがるしかなかった。
しかし、キョウスケの判断は正しかったようだ。警邏隊は居なくなったひとを探すのに必死で、キャラコ達にはおざなりな挨拶をしただけだった。余程、位の高い人物か、もしかしたら御山の関係者でもさらわれたのだろうか。
警邏隊は、ひとりを残して居なくなった。警邏隊にはいりたてのような、子どもっぽい女の子がひとり、不安げに立っている。
「誰がさらわれたんですか?」
キョウスケが臆面もなく話しかけた。キャラコは口から心臓が飛び出しそうだが、しゃっくりを我慢する。
女の子は不安そうに答えた。
「あの……わたし、警邏隊にはいったばかりで、よく知らないんです。娼妓みたいな見た目のひとで、マオさんっていう……」
キャラコは椅子を倒して立ち上がった。




