1994
「ライティエさんから、来年はサイレさんも一緒にマオさんの護衛をと……あ、ですが、わたくし、マオさんに申し上げないといけないことがございましたわ」
楽しそうに喋っていたマイファレット嬢はしかし、突然眉尻を下げる。うん?
サイレくんがどこかへ行こうとしたので、腕をひっ掴んで停めた。両腕を絡める。そうしつつも、目はマイファレット嬢から逸らさない。「どうかしました?」
「ええ……その……アエッラは、もう、ディファーズの臣民ではございません。でしょう?」
俺は頷く。マイファレット嬢はちょっと、目を伏せる。困ったような、叱られるのをおそれるような、そんな様子だ。サイレくんは俺から逃げようとしているが、そんな訳にはいかない。ぎゅっと爪を立てると、サイレくんは低く唸った。
サイレくん達は今日の夕がたか、明日の朝にはレントを発ち、沢山のお土産を持って(一番のお土産は、サイレくんの入山試験合格!)村へ帰るのだ。村に帰れば、入山の準備やその他諸々があり、来年までは村を出られない。二年間も村を離れる訳だから、儀式とかなんとかがあるのだそう。下山してそのまま村に帰ってこなかったり、そもそも教員として御山に残って下山しなかったりする可能性もある。下手したら今生の別れになるのだ。だから、親族と宴会したり、両親と収穫に行ったり、友達同士だけで収穫に行ったり、そういうのがある。
そして、マイファレット嬢は今日の夜までに御山に戻る。御山のお休みは今日までだから。
つまり、サイレくんとマイファレット嬢が一緒にお出掛けするチャンスは、今日を逃せばはやくて来年の七月、遅ければ八月辺りになる。
サイレくんがマイファレット嬢に顔と名前をはっきり覚えてもらい、なにかしら印象を残す機会は、今日をおいてほかにないのである。俺やサキくん達、バルドさんというおまけはつくけれど、それを逃す訳にいかない。
マイファレット嬢はしぼりだすように、小さく云う。
「まだ、お母さまや、ヴェーティヨンお兄さまにも伝えていませんの」
「はあ」
どうやら重要らしいことを、家族より前に俺に? なんだろう。
「将来のことで……アエッラ、癒し手になるのは辞めようと、思うのです」
予想外の言葉だったので、俺は暫し、かたまる。サイレくんは逃走を諦めていたので、逃すことはなかった。
「えーっと」なんとか声を出す。「それって……どういうこと?」




