星行夜帰☆彡 キャラコ 1
四滝伽羅子は身をすくめていた。
レントである。まったく慣れない、キョウスケの瞬間移動で、移動してきた。そして酷く酔った。
レントでも、南の寂れた地区だ。早朝だし、ひとはあまり居ない……と、踏んでいた。
しかし、それは間違いだった。「ねえ、おにいさん、俺達今夜稼がないといけないお金に、後銀貨7枚、足んないんだよね」
甘ったるい声が響いてくる。キャラコとキョウスケは、ひとが住んでいる様子のない家の、敷地内に居た。瞬間移動直後、ひとの気配と声がして、キョウスケの顔を知っている警邏隊だったらまずいと隠れたのだ。キャラコが酔ってしまって、走れる情況ではなかったので、隠れることを選んだ。
ひとの少ないところに移動しないと、移動の瞬間を見られてまずいけれど、その後はひと混みに紛れ込まないと目立ってまずい。よだきい。
ふたりは塀のかげにしゃがみこんで、肩を寄せ合い、身をすくめている。キャラコは段々と、眩暈と吐き気がおさまってくるのを感じていた。と同時に、会話の内容が頭に浸透してくる。
「後7枚だけなの」
「だからサ、俺とこいつらで、まとめて7枚でいいから、どう?」
「ほんとなら銀貨16枚なんだよ」
「三人で銀貨7枚でいいのか?」
華やいだ声が返事する。「うん!」
「おにいさんかっこいいから、俺達はりきっちゃうよ」
「スッゴイことしてあげる」
「うーん。ありがたいけど、後少ししたら目覚めの滝まで走らなきゃならねえ。ごめんな」
えーっと三人分、悲鳴じみた声があがった。一瞬あって、少し離れたところから声がする。「仲間に云っておくよ。美人が三人困ってるって。じゃあ、今度はちゃんと買いに来るぜ、お嬢ちゃん達」
「もーっ、絶対だからね!」
「今度はまけてやらないよ!」
「あんたらなら銀貨16枚でも安いよ」
あしおとがとおざかっていく。キャラコは口を覆っていた右手をおろした。どうやら、娼妓の客引きの場面に遭遇したようだ。キョウスケがやはり、口を覆っていた手をおろし、目をぐるりとまわして低声を出す。「すごいことってなんだろうね」
キャラコは答えを持たないし、まだ眩暈がしているので、その質問を黙殺した。キョウスケはもう一度、目をぐるりとまわす。
娼妓達は猛烈な勢いで喋っていた。
「誉められたけど嬉しくない!」
「今ちゃちゃっとしてあげてもいいのにね」
「いやいや目覚めの滝まで走るのに支障が出ちゃうでしょ」
「もおおおどうしよう」
「このままじゃノルの兄貴がおおはじかいちゃうよ」
「あのひともひとがいいのは解るけどさ、どうしてこう何度も何度も騙されるかな」
「ひとがいいけど女好きだからだよ」
「毎回同じ手じゃんね」
「またあれ?」
「そう、荒れ地から出てきたばかりで右も左も解らなくって」
ひとりがちょっと高くて鼻にかかったつくり声を出し、別のひとりがそれをまねる。
「商会長から預かった大切な資金なんです!」
「それなのにわたしなくしてしまって、ああ勿論警邏隊には届けました」
「けれど今すぐ持っていかないと商談がだめになってしまうかもしれないんです」
「なくしたお金はきっと警邏隊が見付けてくれます、そうなったらかならず、かならず返しに参りますから、どうか貝貨50枚」
「これは祖父の形見の指環で、体力が上がる効果がついています」
「これを置いていきますから……で、ノルの兄貴は泣いちゃって、会合の資金を渡しましたとさ」
最後は地声に戻る。娼妓三人は、揃って大きく息を吐いた。
「ねえこれ何度目?」
「五回。俺が覚えてる限りは」
「ほんとこりないよね」
「ノルが甘やかすからだよ」
「そうそう、兄貴はそういう信じやすいのがいいとこだなんてさ」
「あいつ兄貴にべったりだもん」
「あれは絶対」
「なー」
「絶対の絶対だよ」
「ほんとにばかなんだから」
「仕事で穴開けたらノルが毎回尻拭い」
「兄貴が居なかったらお大尽だぜあいつ」
「折角貝貨ためこんでたのにな」
「どれくらい?」
「知らないけど」
「でもどうせそれだって兄貴の商会大きくするのにつかうつもりだっただろあいつ」
「ほんとに兄ばか」
「まあ手伝っちゃう僕らも僕らだよね」
数秒あって、くすくす笑いが聴こえた。「よっし、じゃ、お客さがすか」
「もう無理そうだけど」
「ああー、さっきのおにいさんほんとにかっこよかったのにナア。あのひとならお金もらわなくったっていいよ」
「ほんとー」
「たまにはあれくらいの美丈夫が来てくんなきゃもう潤いがないったら」
「試験うけに来る子達は可愛いけど子どもちゃんだもんね」
「緊張しちゃってるからなあ」
「だめな時あるもんね」
「慰めるのが大変なやつな」
「可哀相にさあ」
「無理にさせなくてもいいのに」
「親がそんなことまで気にしなくていいんだよ」
「ほんとほんと」
「そうだ、とりあえず稼いだ分もってっとこう」
「ああそうだな、ノルが俺達より稼いでるかもだし」
「とってくる!」
あしおとが近付いてきた。え?
キャラコ達は更に身をすくめる。うっすらさしこんできた日の光のもと、明るい色の髪の少年が、若い鹿のようなあしどりで敷地に這入ってきた。どうやら、この家に稼ぎを一時、保管しているらしい。大金を持っていたら危ないし、もしもに備えているのだろう。
がたつく戸を開け、少年はなかに這入りこむ。出てくる時に目にはいるであろう位置に、キャラコ達は居る。見らんで、と、キャラコは祈る。
もうひとり、白髪の少年がやってきた。「なあユカリ、ほんとにどうしようもなかったら、マオに相談しない?」
まお?
「えー」家に這入っていた男の子が、ひょいと顔を出した。「マオ優しいからなあ。でもあんまり頼っちゃ悪いよ。四月の雨亭に迷惑かけちゃうかもだし」
「だけど、ノルの兄貴、はじかくくらいですまないかもしれないぜ」
「そうなの? ほい、シュエナ」
男の子が家のなかから、白髪の子に巾着を投げた。白髪の子はとり損なって、巾着を落とす。「あ、ごめん」
「いいよ、俺がどんくさいだけ……」
白髪の子が巾着を拾い上げ、突然振り向いた。
動いてしまったのか、気配を感じたのか、どちらかは解らない。多分わたしが動いたんやろうな、と、キャラコは思う。マオ、というのに動揺して。
白髪の子が口を大きく開けた。目もまんまるだ。そりゃあ、自分達がつかっている家の敷地に、見知らぬ人間がふたりもうずくまっているのだ。驚いて当然である。
白髪の子が息を吸いこみ、叫ぼうとした。だが、キョウスケが飛び出し……というか、瞬間移動して、その子を抱えた。口を塞いでいる。「静かに」
戸口の辺りで、もうひとりの少年がへたり込んだ。キャラコはゆっくり立ち上がる。
「ユカリ? シュエナ?」
カフェオレ色の肌の少年がのっそりやってきて、白髪の子がキョウスケに捕らえられているのを見てしりもちをつく。「な」
キョウスケはほとんど声を出さず、しー、と云った。
「お」戸口に居る子が、もそもそと喋る。「お金なら、……」
「ああ、そういうのじゃないから。ごめん、脅かして」
キョウスケはにこにこしていた。「ちょっと、騒いでほしくないんだ。大声を出さないんなら、放してあげる」
キョウスケの言葉の意味が解らないか、解っても納得いかなかったかで、三人ともきょとんとしていた。キャラコは云う。
「脅してるやん」
「え? あー、そうかな」
キョウスケはちょっと考えて、ぱっと手をはなした。白髪の子は支えを失って、ぺたんと座りこむ。キョウスケはははっと笑って、その子へ手を伸べた。
「大丈夫?」
「あ……はい」
キャラコは溜め息を吐く。もう知らん、と思った。
「あの」
三人が一斉にキャラコを見た。一拍遅れて、キョウスケも。
キャラコは腕を組んでいる。「わたし達、ちょっと、隠れてたんです。逃げてて。だから、騒がないでほしいんやけど」
誰から逃げているか、は、云わなかった。警邏隊から逃げていると解ってしまったなら、キョウスケに頼ってレントを離れるしかない。もう少し好意的に解釈してもらえるなら(例えば、性質の悪いならず者辺りから逃げていると誤解してくれれば)、速やかにここを離れればすむ。
いや。マオちゃんの話してたし、気になる。
キャラコの風貌に安心したのか、三人はほっと息を吐いた。
「なんだ……」
「また、出たのか、殺人鬼」
物騒な言葉だ。キャラコは眉をひそめる。シュエナ、であろう白髪の子は、キョウスケの手に縋って達ながら、ユカリと呼ばれたプラチナブロンドの子を見遣る。「娼妓以外も狙うようになったのかな。でも、殺人鬼じゃないだろ。殺してないんだから」
「殺すようなものでしょ。アーフィネルの友達も、そいつに襲われて、廃業しちゃったじゃない。おまんまのくいあげだよ。死んじゃう」
「南五番の顔役はその後身請けしてもらえたろ、お大尽にさ」
「だからいいってことじゃないってば……ほかにも仕事できなくなった子が居るんだもの」
シュエナはちっと舌を打って、議論を終わらせた。かわりに、営業をかけることにしたらしい。にっこりとキョウスケを仰ぐ。
「ね、おにいさん、ちょっと楽しまない? 銀貨7枚くれたら、俺達三人で凄いことしてあげる」
凄いことってなんやろ、とキャラコも気になっていたし、キョウスケは口に出していたので、てっきりそうなるかと思ったのに、キョウスケは断った。「いや、必要ないよ」
気になってたんやないの? と疑問で、キャラコはキョウスケを見る。しかし、キョウスケはにこにこしているだけだ。
娼妓三人は残念そうに息を吐いた。
「そっか。じゃあ、気を付けてね、ふたりとも」
「ここ、つかってもいいよ」
「隠れるのにぴったり」
「おねえさん顔色悪いし、横になったら?」
「俺達で顔役には云っとくから」
ぼろっちい家を示して口々に云う。いい子達やなあ、とキャラコは内心、思った。
だが、キョウスケはそれにも頭を振った。
「いや、大丈夫。それよりも、道案内お願いできないかな? お代は払うから」
三人の顔がちょっと明るくなった。
「僕、スマ。こっちはユカリ、あっちがシュエナ。この辺で娼妓やってる」
「キョウスケです」
「キャラコ」
三人がなのったので、キャラコ達もなのる。キャラコ、は見たことも聴いたこともないが、キョウスケならめずらしい名前ではない。不審がられることはないだろう。それに多分、傭兵協会におしいった犯人について、傭兵以外が名前まで知らないのではなかろうか。
案の定、三人は頷いただけだった。スマ、というのが三人のなかではまとめ役らしく、キョウスケの渡した銀貨10枚を、ユカリのとってきた巾着へいれ、ローブのなかへ仕舞う。
「じゃあ、こっち。ひと通りの多いとこのほうがいいでしょ?」
「そのほうが助かるよ」
キョウスケがにこっとした。三人ははねるあしどりで、通りへ出る。キャラコ達も続いた。
朝日を浴びた三人は、じゃれあいながら、嬉しそうに歩いていく。キャラコ達はゆっくり、それについていった。キョウスケが頼んだのは、東の市場への案内だ。
東の市場、といっても、レントはひろいので、ひとつだけではない。三人は幾つかの数字を口にしたが、キャラコ達はくわしく知らないので、これこれこういう揚げパン屋さんが居るところだ、と云った。その揚げパン屋さんについては、ユカリが知っていて(「あの揚げパン屋さんおいしいんだよ!」)、無事、案内してくれることになった。
「どんなひとだろうね」
「さあ」
低声で会話する。ふたりは、自分達と同じ世界出身のひとに、会いに行くのだ。
「今日ってお休みだっけ?」
大きめの通りに出ると、シュエナがぼそっと云った。視線を追うと、ブレザーのようなものを着て、更にローブを羽織った男の子が、斜めがけの鞄のストラップを両手で握りしめ、緊張した面持ちで歩いている。
ユカリが笑顔で、その子に手を振った。手を振られたほうは、びくっとして、顔を赤らめ、しかし軽く手を振りかえす。ユカリが離脱し、その子の傍まで歩いていった。こそこそと言葉を交わした後、手を振りながら戻ってくる。
「お休みだって。試験がある所為で、ずれたらしいよ」
「へー、めずらしい」
「薬壜なくなっちゃって、買いに行くんだって。調剤士みならいさん。契約しといたらって云っといた。そのほうが安いからさ。あ、それと、今日、銀の鎖亭まで来てほしいって。僕らまとめて銀貨40枚」
「うっそ」
「ユカリお前、やるじゃん」
えへへとユカリは誇らしげだ。どうやら、営業をかけてきたらしい。
スマがこちらを向いた。「ごめんねー、ふたりとも。でも僕達、これくらい頑張んなきゃ、最近色々厳しくてさ」
「ラッツァクのことがね」
「なー」
「未だに云われるもの」
「まあ俺達も賭場には出入りしてたし」
「だからって犯人の一味じゃないっての! ね」
「ほんとだよなあ」
「関係ないひとからしたら一味みたいなもんなんでしょ」
「お酒も吞むし?」
「ばちあたり」
猛烈な勢いで喋るので、理解が追っつかない。キョウスケはにこにこしている。「頑張ってるんだね」
「そうだよー」
「ああ、そうだ、あのさ、俺達友達にお金届けに行かなくちゃいけないんだ。途中だから、寄ってもいい?」
「いいよ」
三人ともにっこりした。素直で可愛い、とキャラコは思った。
ひと通りが増えてきて、キャラコは息の詰まるような感じがしてくる。田舎で生まれ育ったから、都会で暮らした期間がある程度あっても、ひとが多いと気分が悪くなってくるのだ。
なんかみんなあの辺避けちいくな、とぼんやり考えていると、スマ達がそちらへ走った。「ノル」
「持ってきたよ」
「間に合う?」
人波が妙な動きをしている理由が解った。みな、娼妓を避けて歩いていたのだ。所在なげにぽつんと佇んでいる、髪の短い男の子が、スマ達を見ると泣くように顔を歪めた。
「ごめん、ありがと」
「ううん」シュエナは顔色をかえる。「なんだよ、どうした?」
「僕、昨夜、全然。警邏隊のとこにいて」
「は?」
「どうして?」
「こわい目にあったのか」
ノル、は、小さく頷く。「ふたり組に襲われて、お金全部とられた」
「な」
「嘘だろ」
「ノル、なにもされてない? 大丈夫?」
ノルは、今度は小さく頭を振った。なにかされた、ということだ。
スマ達三人は、暫く言葉を失う。それから、ユカリが云った。
「じゃあ……足りない?」
「……貝貨30枚、とられた。ここに届けるつもりで……あんなとこに隠しとくんじゃなかった」
「今から貝貨30枚なんて無理だよ」
「ごめん」ノルは項垂れる。「みんな頑張ってくれたのに、ごめん」
キャラコはあんまり考えずに、収納空間へ手をつっこんだ。キョウスケがにこにこして、ローブの内ポケットから財布をとりだす。
「ねえ、やっぱりマオに頼ろう」
「そうだ、マオならかしてくれるよ。返すの、俺達も手伝う」
「でも」
「それに警邏隊だってちゃんと犯人見付けてくれるって」
「僕、四月の雨亭まで行ってくる」
掌に貝貨30枚をのせて、娼妓達にさしだすのは、同時だった。
四人はこちらを見て、ぽかんとする。
キャラコは貝貨を上下させた。「これ、道案内のお礼」
「え」
「だ。だってさっき、銀貨10枚」
「丁寧に案内してくれたし、助かるから」
つっけんどんに云うキャラコに、キョウスケがははっと笑った。「じゃあ俺は、楽しいお喋りのお礼にってことで」
四人とも口を半開きにする。それから、目を交わし、スマがこちらを見て云った。
「あの。なに、云ってんの、ふたりとも」
「なにって……ねえ、キャラコさん」
「ああ。あんた達の道案内と、お喋りが楽しかった。だから、約束よりも余計にお金を払う」
「そういうこと」
キョウスケは、キャラコの掌から貝貨をとりあげる。キャラコは手をおろした。キョウスケは、自分の持っているのと一緒に、スマの手のなかにある巾着へ貝貨をねじ込む。貝貨30枚は、決して些少な金額ではない。それは解っている。でも、困っているひとを見捨てることはできない。それだけの話だ。
「じゃあ」
「ちょっ、ちょっと待って!」
ノルがキョウスケの腕に飛びついた。キョウスケはきょとんとする。キョウスケはいつも笑っているような顔なので、きょとんとしているのがちょっと面白い。キャラコは笑いそうになる。
ノルはうっすら涙ぐんで、もそもそと喋る。「あの。ありがと、おにいさん。お礼するから。今夜」
「お礼にお礼が返ってくるの? おかしな話だなあ」
キョウスケはにこにこして、丁寧にノルの手を振り解いた。
キャラコは四人にお辞儀し、キョウスケと一緒にその場を離れた。東の市場はすぐ傍だ。




