1391
「ご機嫌よう」
四月の雨亭へ戻ると、リッターくんが来ていた。今日も、もと・娼妓達が群がっている。リッターくんは、私財をなげうって、見返りも求めずにアーフィネルくんを助けた、というので、大幅に株が上がったのだ。
もと・娼妓達に、お菓子を食べさせられ髪をあみこまれしているリッターくんに、俺達はくすくす笑いを怺える。俺はリッターくんの近くまで行った。
「ごきげんよう。リッターくん、アーフィネルくん、どうなったの?」
「ああ。正式に俺のいとこになった。アーデル兄上が彼を気にいっていて、商会を持たせたいと云ってきかないので、彼は困っている」
「そう。よかったね」
「そうだな。……マオ」
「うん?」
「約束を覚えているか」
やくそく?
……。
あ。
あれか。次、来た時に、腹を立てないでほしいってやつ。慥かに約束した。で……。
「ごめん。破っちゃったね」
リッターくんがアーフィネルくんを連れてきた時、思わず非難めいたことを口にしてしまった。あれは、腹を立てたように見えたろう。実際のところ、どちらかというと戸惑っていたのだが。
リッターくんは、頷く。
「では、詫びがほしい」
「おわび? なにしたらいいの?」
リッターくんはにこりともしない。「入山しても、お前の握り飯を食べたい」
この子は素晴らしいな。
学生は、月に何度か御山を降りることができる。ただし、初年度の学生は、新しい環境に慣れないうちに里心がわいたらいけないので、初めのふた月は完全に御山に閉じこめられる。
ユラちゃんが云っていたけれど、申請さえ出せば、差しいれ自体は可能だ。なので、セロベルさんと相談して、書類を仕上げた。セロベルさんは、流石に何年か補助教員をしていただけあって、御山へなにかしら申請する場合の書式にくわしい。
「後はこっちに受取人の署名があればいいぜ」
「解った。ありがとセロベルさん。リッターくん」
兵法だかなんだかについて、ジーナちゃんと話しているリッターくんのところへ行った。四人は和やかな雰囲気だ。入山前に、いろんなことが片付いてよかった。
「リッターくん。ここに署名して」
「ああ」
リッターくんは書類を慥かめ、サインした。俺は書類をうけとる。羊皮紙に、セロベルさんが必要事項を書きこんでくれたのだ。リッターくんのサインで、お握りを届ける為の申請書類として完成したから、後でセロベルさんに提出してもらう。俺は勝手が解らんから、解ってるひとにまかせるのが安全。
セロベルさんに羊皮紙を渡した。セロベルさんは、お喋りしている四人を眺めながら、羊皮紙を丸める。「いいな」
「え?」
「俺は裾野の人間だから、シアイルのやつだろうと、ロアのやつだろうと、ディファーズのやつだろうと、普通に付き合いしてきたけどよ。あいつらは、故郷と裾野以外は敵だって教えられてきた筈だからな。特にロアなんか……ああ、いや。それなのに、あんなふうに友達付き合いしてるなんて、これからはそうなっていくといいなって、思ってな」
セロベルさんはそう云って、微笑んだ。




