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追いかけた。「ミューくん!」
ミューくんは停まらない。門から飛び出して走って行ってしまう。俺の脚では追いつけない。
通りに出たが、ミューくんはもう居なかった。俺はちょっと考えて、荷馬車を停めた。積荷は粗雑な木箱だ。「おにいさん、この馬車どっちに行くの!?」
「あ?」
御者のおにいさんは、娼妓らしい風体の俺に一瞬いやそうにする。しかし、こちらもなりふりかまっていられないので、御者台にあしをかけておにいさんの胸ぐらを掴む。
「どっちに行くのか訊いてるの」
「あ、み、南の布地工場に、糸を」
荷台のすきまへあがりこんだ。おにいさんはぎょっとする。「おい」
「これでラスターラ邸まで走って」
振り向いたおにいさんの手に貝貨を握らせた。途端に馬車が動き出す。
ミューくんは、リッターくんと話していた。ジーナちゃんのことを。多分、ジーナちゃんと会うつもりだ。だったら、ラスターラ邸へ行く筈。もしかしたら、エンバーダート家に文句を云いに行くって可能性もあるけど……。
馬車は結構な速度を出していた。近道なのか、それともひとでにぎわう場所を避けたのか、俺が今まで通ったことのない路地を抜けて、ラスターラ邸の前へ至る。
「ついたぜ、気前のいいお嬢ちゃん」
「ありがと」
荷台から飛び降りた。ラスターラ邸の門へ走る俺へ、おにいさんが大声で云う。「仕事、巧く行くといいな!」
「おにいさんもね!」
振り向いて手を振ると、お兄さんも手を振って、馬車が去って行く。
門を潜った。玄関前の私兵が俺に気付き、姿勢を正す。ファルさんの脅しがまだ効いているみたい。
玄関前で停まった。息を整える。「こんにちは。ミューくん、来てますか」
「ごきげんよう。ファバーシウス卿でしたら、いらしていません」
「そうですか……」
ミューくんより先に来られたみたい。荷馬車のお兄さんぐっじょぶ。
汗を手巾で拭う。ジーナちゃんに会う? 俺はミューくんがなにに気付いたのか、なにに気付いたと思ったのか、解らん。ジーナちゃんに会っても無駄だ。
だからってラスターラ兄弟に会ってもやっぱり無駄だろう。誓いを立てていてなにも喋ってくれないのだから。
私兵達が顔を見合わせ、片方が心配そうに云う。「あの……どうなさったんですか?」
「あ。ミューくんが、ちょっと……怒ってるかもしれなくて」
ふたりともちょっとだけ顔色が悪くなった。多分どちらもディファーズ出身なのだと思う。ファバーシウスの威光は知っている訳だ。
そういえば、ミューくんとほーじくんが変な感じになった時、サーダくんがほーじくんを叱ってたっけ。ファバーシウスともめごとを起こしたいのか、って。
もめごとを起こしたら面倒くさい相手だと認識しているってこと、だよな。やっぱりファバーシウス家って、結構なお家柄なんだ。




