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「リッター、おどかしてくれたな」
書類を慥かめるレニルヴァさん、サキくん、リータちゃん、ソルちゃんを眺めるリッターくんを、セロベルさんが襲撃した。ヘッドロックをかけている。リッターくんはなんだか嬉しそうで、軽口を叩いた。
「あなたをおどかせたのなら満足だ」
「お、云うじゃねえか。御山でいたずら小僧をどうお仕置きするか、ひとあし先に知りたいのか?」
セロベルさんがリッターくんの顔を覗きこみ、リッターくんは真顔で返した。
「興味がある」
「お前な、そういうこと云ってると、危ないぞ。髪も伸ばさねえで」
セロベルさんはリッターくんの髪をぐしゃぐしゃ乱す。リッターくんは護衛士志望だし、セロベルさんはなにかとリッターくんを可愛がるのだ。
リッターくんはなされるがままだ。俺はつい、にやにやする。
「……そういえば、セロベルさん」
「あん?」
「俺、勢いでぺらぺら喋っちゃったけど、実際どうなんですか?」声を低めた。「他国の貴族と縁付くって」
「ああ、まったくもってなんの問題もない。三国に分かれてからも、神聖公がシアイルの貴族令嬢を妻に迎えたことはある。神聖公がやったことがあるのに、下が文句を云える筈がねえ。過去とはいえ神聖公への侮辱になっちまうからな」
それはよかった。……リッターくん、そこまで考えたのかな。凄い。
まだ苦しそうに笑っているミューくんが、リッターくんに近付いていって、足の爪先でリッターくんのすねを軽く蹴った。リッターくんは眉ひとつ動かさない。
「リッター、お前には呆れるよ。マオさんの真似か?」
「そんなところだ。ジーナに詫びを伝えてもらっても?」
「ああ、解ってるよ。ジーナのやつ、君がらしくないことを云ったんで、昨日はずっと首を捻ってた」
「それは悪いことをした」
リッターくんはめずらしく、驚いたみたいな声を出した。セロベルさんが腕をゆるめる。リッターくんは、テーブルに手をつくミューくんを仰ぎ見た。
「申し訳ない。結婚前に、邪魔をしたようだ」
え、と、サキくんが書類から顔を上げた。セロベルさんがリッターくんから離れる。ミューくんは目をぱちぱちさせる。「結婚?」
「ミュー、どういうこと?」サキくんが書類を置いて、戸惑い顔でミューくんを見た。「結婚って、君、ジーナと」
「そんな話にゃなっちゃいない。なに云ってるんだリッター?」
サキくんへ少々きついものいいで返し、リッターくんへは更にきつく云って、ミューくんは顔をしかめた。「ジーナがそんなことを?」
「……余計なことを云った。忘れてくれ」
「無茶を云うなよ」
ミューくんははっと笑い、上体を屈める。
「リッター、なにを聴いた? ジーナがなにを云ったんだ」
「なにも」
リッターくんは緩慢に頭を振る。ミューくんはそれを睨んでいる。サキくんが心配そうにふたりを見る。
「ねえ……リッター、なにか知っているんなら、云ったほうが」
「なにも知らない。俺が思い込んだだけだ」
ミューくんが姿勢をただした。顔色が悪い。
「リッター。お前、聴いたんじゃないな。見たんだ」
ミューくんは浅い呼吸を数回して、走り出ていった。




