教学相長☆彡 キャラコ
四滝伽羅子は歩いていた。
村の子ども達に稽古をつけるようになってひと月程。そろそろ契約の切れる時期だ。キョウスケは例の古文書と同じようなものがないか、アルニーズの書庫にいり浸って調べているけれど、それらしいものは見付かっていない。
キャラコは村のなかをうろうろしていた。十日に一遍くらい、大きなまちへ行って、村人に頼まれたものを買ってくるのだが、キャラコは人間コンテナだから、配るのにもついていく。
いつもの馬車のおじさんが、長い買いものリストを手にキャラコを先導する。半数は、キャラコ達を迎える為に広場で待っていて、荷物を渡している。もう半分は、みんなの前でうけとるには差し障りがあるものを買ったひとだ。恋愛小説や、恋愛のおまじないに必要なたべもの、村にはないような便箋と封筒、可愛いストッキング、おしゃれな寝間着など。特に、十代の女の子ははずかしがって、ひきとりに来ない。
行く家々々でお茶に招かれたり、わざわざごめんなさいと謝られたり、ないしょにしてねと賄賂(焼き菓子)を渡されたりして、なんだか凄く微笑ましいのだが、時間はかかる。
最後の一軒は、いつも稽古に参加しているモール少年の家だった。訪いに応じたのはその少年で、キャラコを見ると首をすくめるみたいにしてお辞儀する。「キャラコ先生」
キャラコはぎこちなく微笑んだ。前は、キャラコちゃん、だったのだが、最近はこうやってかしこまってしまう。キャラコは自覚がないが、指導が厳しいと云われる。その所為で、少年達が鯱張ってしまうのかもしれない。
お届けものは鏡で、モールの妹が注文者だった。最後の家なので、これまで断っていたお茶をありがたく戴く。おじさんが咽が渇いたと座ってしまったので、キャラコも帰れなくなった。
「どうぞ。ケーキもあるよ」
モールの妹が運んできた冷たいお茶のゴブレットを、キャラコは両手で包む。このところ気温が上がってきて、暑い日が続いている。風の魔法できんきんに冷やされたお茶は、村中をうろうろして上がっていた体温をすっとさげてくれた。
お茶を配り終えた少女は、席について、早速包みを開ける。モールが素朴なケーキをカットして、配った。むしパンに近いものだ。おじさんが手掴みで食べる。「モール、父ちゃんは?」
「巧くいかないって、散歩」モールは裏口があるらしい方向を示す。「ごめん、まだできてない」
「ああ、催促した訳じゃないんだ。あいつはこだわるから仕方ない。期限はまだずっと先だしな」
モールの父親は、指物師だ。村の家の家具をほとんどつくっていると、モールが自慢しているのを聴いたことがある。モール自身は指物師になれないので、後を継ぐのは妹だそうだ。
その妹は、嬉しそうに手鏡をとりだした。がらすの裏側に銀を塗ってある、かなりしっかりと映るものだ。ロアではこれが主流で、鏡屋さんは男性でひしめき合っていた。
女性がそこまで着飾らないこの世界において、鏡をほしがるのはどちらかというと男性である。だから、モールの妹は、はずかしがってひきとりにこなかったのだろう。ロア以外では金属製の鏡がほとんどで、どうも権威とか体面に関わりがあるみたいなのだが、その辺りはキャラコの理解の埒外である。
「おじさん、キャラコちゃん、ありがとうね。晩ご飯も食べてってよ」
モールの妹はにっこりする。キャラコの訓練には参加していないから、呼びかたはキャラコちゃんのままだ。気楽でいい。
キャラコはケーキをかじって、ほっと息を吐いた。甘さはさほどではない。テーブルの上に、たっぷりシロップのはいった水差しのようなものが置いてあるから、好みでかけて食べるのだろう。実際、おじさんが、お皿にシロップをとぽとぽと注いで、半分になったケーキを浸すようにしている。
キャラコはそれを見遣ってから、モールの妹へ顔を向ける。なんだかややこしい名前で、覚えていないが、訓練や魔物狩りから疲れて戻ったキャラコに、毎度お茶をご馳走してくれる。モールの家は村の端にあって、戻ってきたキャラコとまっさきに顔を合わせるのは大概がこの子だ。
「鏡、つかえそう?」
「うん!キャラコちゃんも見てみる?」
ひょいと手渡された。断るのも変なので、キャラコは鏡を持ち、覗きこむ。アートメイクはまだ無事だ。
「キャラコちゃん、お兄ちゃんがいつも、キャラコちゃんに勝てないのが悔しいって云うんだよ」
モールの妹は、鏡を大切そうに衣装箱へ仕舞い、もう一度お茶をいれてくれる。手洗いを借りたキャラコは、せっけんでしっかり洗って濡れた手をタオルで拭いながら、椅子へ戻る。モールがかりかりに焼いたベーコンと、しゃきしゃきのレタスをはさんだらい麦パンを、5cm×5cmくらいに切って大皿へ盛り、持ってくる。村ではお茶というと、簡単な食事もついてくるのが当たり前だ。
おじさんがサンドウィッチを掴んで、食べた。
「キャラコちゃんは強いらしいからな。モールはまだまだひよっこだ」
「まだ宣言してないんだもん、仕方ないよ」
モールはちょっと横目におじさんを見る。遠視なのか、モールはよくそういうふうに、顔を斜にする。「ね、おじさんって戦士でしょ。みんなに内緒で稽古つけてよ」
「だめだだめだ。俺は名ばかり戦士だよ。馬車担当だ、戦えやしねえ」
おじさんはがははと笑う。モールは口を尖らせたが、すぐににこっとした。モールの父親は職人気質で、子どもふたりをたまに忘れるらしい。馬車のおじさんは、ある意味父親がわりなのだ。
「そうだ、キャラコちゃんに稽古つけてもらえよ。晩飯までまだ時間がある」
「え……キャラコ先生、いいですか?」
キャラコはケーキをお茶で流し込み、頷いた。
モールの家は村の端で、牧場よりもまだ村の中心部から離れている。指物師の父親が、仕事でつかう木を乾燥させるのに、結構な土地が必要になるからだ。牧童達の休憩場所にもなっていて、玄関はいつも錠を下ろさない。
外に出て、キャラコは両腕を振り上げ、ぐーっと体を反らす。牧童達が家畜を追う声が聴こえた。畜舎へ戻すのだ。
「じゃあ、武器なしの組み討ちで」
「ああ」
モールは牧場へと歩いて行く。キャラコも続いた。牧場ならひろいし、今はひとも居なくて安全だ。
モールは普段、長めの剣をつかって戦う。訓練だから木剣だが、長さは本来のものと同様で、木の多い森のなかでは小回りがきかず、かなり苦慮している。
前から、剣を短いものにかえることはすすめていた。モールにしてみれば、小柄でも長剣ならばリーチが長くなるし、安全な気がしているのだろうが、癒し手が居たとしても怪我は成る丈避けるべきだ。余程の癒し手でないと、血まではもとに戻せない。避ければなんとかなる傷を幾つも負って、失血死、なんて、勘弁してほしい。
キャラコはくつを脱ぎ、靴下を脱ぎ、チュニックを脱ぐ。袖のない、ぴったりした胴着に、ふくらみの少ないスカートがくっついた、ドレスだ。夏用で、綿地。スカート部分は細かいプリーツになっていて、あしさばきはいい。ずぼんよりも、キャラコはスカートのほうが好きだ。ずぼんは動きやすいサイズの幅が狭い。ぴったりすぎるとあしが上がらないし、ぶかぶかだとあしにまとわりつく。ショートパンツなら動きやすかろうが、かわりに脚がむきだしになって、防御面が不安だ。
ひき比べて、スカートは一定のサイズより大きければなんとでもなる。それに、布地一枚でもあるなしでは大違いだ。
軽く柔軟をして、肩を解した。モールは緊張した面持ちだ。見物しているモールの妹が、頑張って、と声をかける。
「簡単な稽古やから。どっちか降参したら終わりな」
「はい」
「じゃ、どうぞ」
キャラコは突っ立っている。モールはそれらしいかまえをとって、走ってきた。上半身がぶれていた。そもそもモールは、下半身の鍛えかたが甘い。素振りをするのは偉いけれど、走り込みはしていない。
繰り出されたモールの右腕を上から叩いた。モールの腕にそこまでの打撃を与えないように、加減はしたが、モールは痛そうに呻いた。そのまま倒れる。下半身が貧弱だからだ。「モール! まだまだいけるよ!」
モールは妹の声援に応え、ぱっと起き上がって、キャラコを殴ろうとする。キャラコはひょいひょいと避け続け、それから右脚に体重をかけて屈み込んだ。左脚を伸ばしてモールの脚をひっかける。モールはずでんと後ろへ転んだ。
キャラコは立ち上がり、髪を手櫛で整える。モールが呻きながら起き上がって、キャラコにタックルしてきた。キャラコは両手でモールの脇腹を掴み、ぶん投げる。モールは牧草の上をすーっと滑っていった。
「もう少し考えて動いて……」
いいながら、キャラコはドレスをぱたぱたと払う。子どもらに稽古をつけてきたからか、力加減が巧くなった。よいことだ。
モールが少し離れたところから、魔法を放つ。烙印だ。キャラコも烙印をぶつけて、相殺した。魔法を簡易盾にするのは、今キャラコが練習している戦法だ。相手の魔法をうわまわる威力の魔法だと、相殺できる。
モールはもう二回魔法を放ったが、キャラコはどちらも相殺し、モールへと走っていく。ゆるいパンチを繰り出すと、モールは両手でうけながす。こういうのは、この子結構巧いんよな。
力をだいぶ加減して、暫くモールと打ち合った。剣の時よりも見込みがあるのじゃなかろうか。
「降参です……」
結局、モールはそう云って、大の字に倒れた。呼吸が荒い。キャラコは傍に屈みこんで、モールに恢復魔法をかける。「……ありがとう、キャラコ先生」
「ん。剣よりも強いんやないの」
モールの妹が、ゴブレットを持って駈けてくる。モールは汗まみれの顔を手で拭い、にやっとした。
「キャラコ先生に誉められたの、初めてだ」
「……そうやっけ?」
小首を傾げる。モールの妹が、魔法で冷たい水を出し、ゴブレットへ注いだ。




