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リータちゃんが拳でテーブルを殴った。リッターくんは動じた様子なく、リータちゃんを見る。
「不満? 不満だらけよ」
「それは意外だ。我が家はシアイルの侯爵家、アーフィネルは叔父の養子になる予定だから、身の安全は保証される。シアイルに限らず、我が家の縁者に迂闊に手を出すばかは居ない」
「そういう問題じゃない! 兄ちゃん、本気でこんなひとがいいの? レニルヴァさんが身請けしてくれるって……!」
「テレイタ」アーフィネルくんの声もひんやりと、かたかった。「俺は娼妓が長かったから、ロヴィオダーリ家の威光は解ってる。それに、ロヴィオダーリは長年同盟関係にあるレフオーブルと同じく、領地では疎蕩者を正しく神として扱う。俺にとっては凄く安全なんだよ」
リータちゃんがぐっと詰まった。けれど、涙まじりの声で云う。
「そんなの……裾野に居たら安全でしょ。わたし、兄ちゃんのこと、まもるよ。まもれるよ。レニルヴァさんも居るし」
「小ルモ家にどんな権力があるのか、聴かせてもらいたいものだな」
リッターくんが嘲るみたいに云う。本当にどうしたんだ? リッターくんらしくない。ミューくんがリッターくんを睨んでいる。「リッター、口を慎めよ。司教家をばかにするのなら俺にも考えがあるぜ」
「……言葉をかえる。レニルヴァ・ルモにどれだけの力が?」
リッターくんはミューくんへ決して顔を向けない。でも、声には怯えの色があった。
レニルヴァさんは俯いている。リータちゃんは唇をぶるぶる震わせ、腰を浮かせる。
「祇畏士さまなんだから、偉いし、凄いもん。あなたみたいに突然兄ちゃんをさらったりしないし、兄ちゃんに変なこと吹き込んでつれてったりしようとしない」
「後半は否定できないな。だが、祇畏士とあれど、体はひとつだ。行に出ている間誰がアーフィネルをまもる? 疎蕩者を神と認めぬ地域で、長く娼妓をやっていたアーフィネルが、どれだけの危険にさらされると?」
リータちゃんは口をぱくぱくさせ、しかしなにも云い返さずに、腰を落とした。アーフィネルくんは目を伏せている。「そういうことだから。でも、年に二回くらいなら、お前には会えるよ、テレイタ」
「……なあにそれ。兄ちゃん。どうしてなの? レニルヴァさんに好かれてるの、兄ちゃん喜んでたでしょ? わたし知ってる」
「好き嫌いだけではどうしようもない」
「あの」
レニルヴァさんが顔を上げた。
リッターくんはまっすぐそれを見る。「なにか」
「……慥かに、小ルモ家は権力がありませんし。わたし自身も、大した功を上げていないし、単なる祇畏士で、力はないです。それに、疎蕩者を神と認めていないから、アーフィネルさんが危険な目にあうかもっていうのも、解ります」
「では、納得したのか」
「いいえ。わたし、家を出ます。ううん、国を出ます。あなたがアーフィネルさんを買うのに用立てたお金も、一生かけて返します。だから、アーフィネルさんを諦めてください。わたしはアーフィネルさんが好きなんです」
レニルヴァさんは震える声で云いきった。
リッターくんは暫くレニルヴァさんを見詰めて、それからアーフィネルくんへ顔を向ける。
「だ、そうだ。賭けは俺の勝ちだな」




