ジーナの冒険・4
「リッター兄上!」
玄関ホール、聴いたことのない声がした。白い髪を複雑にあみこんで、水晶と銀で飾り立てた少年が、ジーナのすぐ傍まで来る。ジーナは一歩退った。
「どこに居るんだ、万能さん」
リッターの弟。フォルクね。
フォルクは、上半身はシャツ一枚で、それもだらしなく前をはだけていた。汗だくで、ぽりぽりと頭を掻く。子どもらしく口を尖らせ、不満げな口調で云った。「リッター、図抜けた能力値に、恵まれた特殊能力、ロヴィオダーリ家のご嫡男。君は寝てても好きなひとが手にはいるだろう。まったく開拓者ってのは不公平だ」
フォルクを責められはしない。これは独り言だ。誰だって、まったくひとりきりだと思っていたら、こんな下らない愚痴が出る。開拓者だって、子どもの不平不満に目くじらを立てはすまい。礼を失しているのはジーナのほうで、フォルクに責はない。
けれどおぼっちゃん、と、ジーナは胸の裡で云う。リッターは好きなひとを手にいれられないわ。わたしが阻んでみせる。ミューはリッターへは絶対に渡さない。それだけはいや。
フォルクはまだ暫くぶつぶつ云っていた。どうやら、リッターは弟と戦闘訓練をする約束をして、それをすっぽかしたらしい。フォルクが大声で文句を云っていると、先程の少年がやってきて、甲斐々々しくフォルクの汗を拭う。「フォルクさま、僕がお相手します」
「アン、君を悪く云いたくないが、僕は強い相手と訓練しなきゃいけない」
「僕は秘匿がつかえます」
「けど」
「フォルクさま、簡単なことですよ。リッターさまはお強い。あの年代では強すぎるくらいです」
「そんなことは解ってる! 僕は勝たなくちゃいけない」
「リッターさま程お強いひとがほかに居て、今年も試験をうけると?」
フォルクが黙り、少年はにっこりする。ちらっと上を見た。「それに、リッターさまは、そのくらいの呼びかたでは来てくれません」
「ああ、それは一理あるな。アン、いつも通り君を捕まえに走るとしよう」
少年が満足げに頷いて、フォルクと一緒に歩いて行く。ジーナは上を見た。リッターの部屋は上の階にあるようだ。
階段はすぐ傍にあった。ジーナはそれをのぼっていく。
二階は一階とは違うじゅうたんが敷かれ、がらすのはまった採光窓が並んでいた。エンバーダート家にも、チェルノーラ家にも劣るが、充分豪華ではある。ジーナは値踏みするみたいに暫くそれを眺めた。
それから歩き出す。ジーナはこの状態なら何者にも干渉されない。運悪くぶつかれば気付かれることもあるかもしれないが、ひろい廊下だ。そのおそれはない。
笑うような声がした。
ジーナはそちらへ、静かに歩いて行く。じゅうたんは好きだ。跫を軽減してくれる。もっとも、隠密をつかっていると、何故か誰も跫に気付かない。それはジーナが足先にまで神経をつかっているからで、つまり隠密をつかいこなせているのだと、去年試験官から誉められた。
そんなことはどうでもいい。ジーナは小さく頭を振る。声は、くるみ材の扉の向こうから聴こえた。




