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ミューくんがジーナちゃんの手をとって立ち、厨房へと向かった。リエナさんが飛び出してきて、ジーナちゃんを抱きしめる。元気だったの、心配したのよ、大丈夫なの、と、リエナさんは半泣きでまくしたて、ジーナちゃんは元気よ、心配させてごめんなさい、大丈夫、とひとつひとつに丁寧に答えた。セロベルさんや、ほかの従業員達も、静かに出てくる。
ジーナちゃんは厨房へ這入ろうとせず、誰も無理にはすすめない。ヴェールを外さないことも、誰も指摘しなかった。なにかしら、口には出せない事情があると、みんな承知しているのだ。
そうそう、ビスケットは幾らか焦げてしまったが、残りはツァリアスさんが救出してくれた。
「ああ、でも、よかったわ、ジーナだけでも普通に戻ってくれて。もう、おかしなことばかりなのだもの」
「おかしなこと?」
ジーナちゃんが首を傾げた。セロベルさんが云う。
「ああ、リータのことはマオの手紙で知ってるだろう?」
「ええ……お兄さんが、娼妓をしているって云う」
「その、娼妓をやってた兄さんが、突然落籍して居なくなったんだ」
セロベルさんと俺で、掻い摘まんで説明した。ミューくんが、今朝ラスターラ邸へ行ったのはこのことでさ、とジーナちゃんへささやく。ジーナちゃんは頷く。
「そうだったのね。そのお兄さん、名前はなんと云うの? わたし、誰にも見付からないように、部屋以外では隠密をつかっているの。ラスターラ卿や、ファルマディエッシャさまが聴いていなくても、わたしが聴いているかもしれない」
慥かに、それはあるかもしれない。ジーナちゃんの隠密は、普通は見破れないものだ。「アーフィネルくんだよ。灰色の髪を、こんなふうに切ってて……」
ジーナちゃんは顔を俯けて、そう、と云った。
ジーナちゃんは、去年の試験終了前には居なかった従業員達となのりあったり、軽く話したりしてから、もうおいとまするわ、と四月の雨亭を後にした。ミューくん、サキくん、それから俺が、送る、とついて行く。ジーナちゃんはミューくんと腕を組んで、ヴェールを引き摺りながら歩いた。
通りに出る。派手な(と俺には思える)チャドルやヘジャブを身につけている女性達が少なくないからか、ジーナちゃんのヴェールを気にする通行人は居なかった。暫くは、お喋りしながら歩いた。ある瞬間、ジーナちゃんが口を噤む。十秒くらいして、ジーナちゃんが云った。
「ねえ。さっきの、話だけれど……行方不明になったという」
「ああ、うん。どうかした?」
ジーナちゃんは云い淀んだ。しかし、云う。
「もしかして、その、アーフィネルというひと……あてもののと呼ばれている?」
ジーナちゃんの声はなにかをおそれるみたいだった。「違うわよね?」




