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ラスターラ邸の玄関前には、この間の私兵が立っていて、鯛のワイン蒸しレモンこしょう添えの話をしていた。今朝、まかないに出たらしい。ふたりともご機嫌で、味を思い出したのかうっとりしていた。「おはようございます」
「……あ、おはようございます、マオさん、ファバーシウス卿」
ふたりは怪訝そうにセロベルさんを見る。セロベルさんは、警邏隊の鎧姿だ。俺はにこっとする。
「ファルさまへ取り次いでもらえませんか」
「はあ。あの、そちらのかたは」
俺は掻い摘まんで、アーフィネルくんのことを説明した。ミューくんも手伝ってくれる。それから、セロベルさんは警邏隊の格好だけれど、正式なお調べという訳ではない、ということも添えた。私兵ふたりは顔を見合わせて、片方が云う。
「俺達では判断しかねますので、うかがってみます」
「ありがとうございます」
門前払いされなかっただけでもありがたい。頭を下げると、ふたりは慌てた様子で耳に手をあてた。口のなかでぶつぶつ云っている。ひとりはファルさん、ひとりはほかの誰かへお伺いを立てているらしかった。
ひとりが手を下ろした。「従者から返事がありました。ファルマディエッシャさまが、こちらへいらっしゃるそうです」
暫くすると、玄関扉が開いて、ファルさんとエヴィさんが出てくる。ファルさんはミューくんを見てちょっと身構えたが、ミューくんが軽くお辞儀して挨拶すると緊張を解いた。「ファルマディエッシャさま、ご機嫌よう」
「あ……ああ、元気そうでよかった、ミュー。喧嘩にまきこまれたなんて、災難だったな、君?」
「あんなものはなんでもありません」ミューくんは実に冷ややかに云いきる。「それより、先程そちらの私兵がくわしく伝えたと思いますが……?」
「ああ、娼妓についてだったな。マーゴに訊いてみたが、そういう話は伝わってないそうだ。ルモ家の祇畏士のお嬢さんが、娼妓を買おうとしているって話はあったが……北のルモ家に貝貨100枚をぽんと出すだけの蓄えはない」
やっぱりそうなんだ。
「勿論、うちにもそれは無理だな。マーゴが雇った出納が煩い。僕が散歩の途中に買った飴がひとつエスター4個なのは高すぎると、半日つきまとわれたこともあるくらいだ。娼妓を落籍かせることに反対はしないだろうが、一緒に元締めのところへのりこんで、値切り交渉をするに違いないね」
冗談かと思ったがそうでもないらしく、エヴィさんが神妙な顔で頷いている。ある意味めちゃめちゃ頼れる経理さんである。
「とにかく、兄さんには伝えた。情報がはいれば君達へかならず報せよう。我が家は娼妓に恩がある。窮地にあるかもしれないのなら、助けるのが筋だ」
ファルさんはそう云って、左掌をこちらへ見せた。




