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翌、八月二十八日は、慌ただしい。
「マオ」
いつも通り買い出しを終えて市場から戻ると、ハーヴィくんが困惑顔で前庭に佇んでいた。ほんとは、運動もかねて市場へつれていきたかったのだが、気分が悪そうだったのでお留守番してもらったのだ。
「どうかしたの?」
「うん……あの……」
ハーヴィくんは、俺の斜め後ろのミューくんを見る。「ちょっと……あっちで話す」
ハーヴィくんはそう云って、従業員棟のほうへ逃げるように走っていく。なんだろう、と思いつつ、俺はそれを追った。
ハーヴィくんは、つげの繁みの傍で息を整えていた。「ハーヴィくん?」
追いつくと、ハーヴィくんはこちらを見る。それから、ローブの内側からなにかをとりだした。白い、絹の手巾だ。隅に小花がぬいとられている。
俺はそれを見て、それからハーヴィくんを見た。
「これが、どうかした?」
「さっき、僕、草をまとめて持っていこうとして、転んだんだ」
ハーヴィくんは身振りを交えて云う。「でも、女の子が抱きとめてくれた。それで、怪我もしなくて、その子が、手が汚れているからって、こんな上等なものまでくれて」
ハーヴィくんの手の指先や爪は、草の汁で染まっている。手巾にもそれが移っていた。
「凄くいいひとだね。でも、どうしてそれを、俺だけに話すの?」
「うん……もしかして、なんだけど。ほら。よく、みんな、話してるよね?ミューさんの許嫁さんの……」
「ジーナちゃんのこと?」
ミューくんがたまに云うし、ミューくんが居ないところでは、ジーナちゃんが何故来ないのかをみんなで話し合ったりする。ハーヴィくんはグロッシェさんにくっついて、家政のお勉強中だから、それを耳にはさんだのだろう。
「そう」ハーヴィくんは頷く。「これ、くれたの、その子じゃないかって思って」
え?
「どうして?」
「転ぶまで、全然気配がなかったし。それと、眉が白かった。髪や睫毛が紫色なのに、眉だけ」
ああ……そっか。ジーナちゃんに会ったことがない従業員に、リエナさんが細かく容姿を説明していたっけ。ハーヴィくんも聴いてたんだ。
じゃあ……ジーナちゃん、また、来たんだ。
嬉しいような、もどかしいような、複雑な気持ちになった。ジーナちゃん、ミューくんが心配で、来たんだろうか。だったらどうして顔を見せてくれないんだろう。ハーヴィくんを助けたのは、とてもジーナちゃんらしいけれど。
「ジーナちゃん、だと思う」
「やっぱり。ぬか喜びさせちゃ行けないと思って、ミューさんの前で云えなかったんだ」
「……ジーナちゃん、なにか、云ってた?」
「うん。水、出してくれて、僕が手を洗ったら、ちょっとだけ笑って……あなたとっても軽いわ、って。どうしてマオのご飯を食べててそんなに軽いの、遠慮せずにもっと食べなさいな、って、云われた」
ハーヴィくんは瞬く。「僕、姉さんから、肥ったらお客をとれなくなるからって、云われてて。それでご飯も、少なくしてたんだけど。でも、軽いんだね、僕」




