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結局、俺もアーレンセさんも、バルくん達と遊びに遊び、本屋さんへはいけなかった。おやつにと、お菓子の包みを渡して、帰路につく。
「凄いですね。塾」
「そうですね。レントにはなかなかないのじゃないかしら。レントでは読み書きは家庭で教えるものですし」
そういうもんなのか。
アーレンセさんはちらっと俺を見る。「マオさんは、読み書きに不自由ありませんよね。難しい言葉でも簡単に読んでしまうし」
「え、そうですかね」
「はい。自分の名前と、職業名や特殊能力名くらいしか書けないひとって、結構居るんですよ。傭兵でもめずらしくないです」
じゃあ、あの取り組みは、俺が思っている以上にいいことなのかもしれない。ヴェーティヨンさんは枢機卿の次男だったのだし、マイファレット嬢は入山試験にパスしている。高度な教育を受けている筈。
「あ」思い至る。「ああいうのって、許可は要らないんですか」
「商人協会に……でも、無料なら、要らないと思います」
ほっとした。いい取り組みだと思うから、続いてほしいな。なにより、世の為ひとの為、じゃなく、単純にマイファレット嬢のわがままってところが好き。意思をはっきり持つのはいいよね。
四月の雨亭は、お茶のお客さんでごった返していた。アーチから覗くと、またサローちゃんが来てくれている。お弟子さんと、今日はメーデさんも一緒。ここのお菓子が気にいったみたい。
ゼノアケーキ(アンゼリカもドレンチェリーもないので、もどき)を焼きながら、マイファレット嬢のことをリエナさんやツァリアスさんに話した。ミューくんとジーナちゃんの邪魔をしていたマイファレット嬢の話に、はじめリエナさんは顔をしかめていたが、徐々に困惑したような表情になっていく。
一方ツァリアスさんは、終始苦笑いだった。マイファレット嬢と事情や程度は違えど、まわりに対して攻撃的だったが改心した、と云う共通点がある。
「……結構、いい子なのね?マイファレット嬢って」
「いい子ですよ。ちょっとその……自分で考える習慣がなかったってだけだと」
頭が悪いと云うよりも、親の指示をひたすらこなしてきただけ、なのだろう。四月の雨亭へご飯を食べに来て、ミューくんジーナちゃんのことを訊いたり、色々云ったりしていたのも、本人の意思ではない気がする。自分の意思ではないが、親の誘導が巧くて自分の意思のように感じて行動するパターン。なんていうかこう、他人の考えに自分の考えが同調していくタイプだと思うのだ。
だから、バルくんをまもりたいという自分の意思を貫こうとしているのは、好感が持てる。俺はそういうわがまま好き。
リエナさんは粗熱のとれたケーキを切る。「でも、ミューとジーナの邪魔をしてたのは気にくわないわ。ジーナは傷付いたのだし」
リエナさんが腹を立てるのも解る。それはそうだ。でも、マイファレット嬢が不幸になったらジーナちゃんがしあわせになるって訳じゃない。なら、マイファレット嬢もそこそこしあわせ、でいいのじゃないかな。そのほうが、ふたりの邪魔をする気も起こらないだろうし。




