表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/34

9

 翌日になると、旅の疲れを癒す暇もなく、朝食が済むと同時に宮廷に上がるための研修が始まった。

 オクタヴィアンが招いた教師たちによって、王宮内の礼儀作法やしきたり、王家の歴史の講義が行われた。

 騎士団では貴族の習慣のようなものは敢えて排除する傾向にあったため、どちらかといえば騎士団独特の習わしに従って生活してきたブランディーヌとギスランにとって、会釈の際の頭の角度や、挨拶で声を掛ける順番、扉を開けるまでの作法や王宮の廊下の歩き方といった細かい決まり事に、頭が混乱しそうになっていた。

 午後にはダンスの教師がやってきた。都では王侯貴族が催す舞踏会が頻繁に開催され、王太子である王女も招かれることが多いのだという。護衛が踊るわけにはいかないだろうとブランディーヌは疑問を呈したが、場合によっては踊る機会もあるから教養のためにも習っておかなければならないと諭された。仕方なく、ギスランと二人で延々とステップを羽目になった。運動神経が良いブランディーヌは難なく踊れるようになったが、ギスランはかなりぎこちない。何度も教師から注意が飛んだ。

「上手ね、ブランディーヌ」

 午後になってオーグ伯爵家に現れたアリナは、二人のダンスの練習を見ながら拍手をした。

「ありがとうございます」

 額に汗を浮かべながら、ブランディーヌは息を吐く。

 ギスランはすでに全身汗だくになっていた。苦手なこともすべて克服しようとする努力家なのだが、運動系に関しては人の三倍は努力が必要なのだ。

「ねぇ、ブランディーヌ。わたくしと踊ってくれないかしら」

「わたしと、ですか?」

 オクタヴィアンは王宮に出仕しているので不在だが、ギスランがいる。なにも自分を指名しなくても、と思ったが、アリナはブランディーヌしか見ていなかった。

(まぁ、ギスランは殿下と踊るほど上手ではないし、粗相があってもいけないし。昨日の今日だから、殿下はやっぱりギスランに対して腹を立てているんでしょうね)

 いいですよ、とブランディーヌが答えると、アリナは歓声を上げた。

 では休憩としましょう、とダンス教師が告げると、ギスランは舞踏室の隅に置かれた椅子に座り込む。慣れないダンスでかなり疲れているようだ。

 伴奏者が、ピアノを弾き出すと、ブランディーヌはアリナの前でお辞儀をして相手の手を取った。

 ゆっくりとステップを踏み出すと、アリナのドレスの裾がひらりと床の上で舞う。今日は淡い黄色のドレスを着ていた。薔薇の刺繍が施された裾が波打つ度に、衣擦れの音が響く。

 男性役はブランディーヌだが、このダンスを先導しているのはアリナだった。

 付け焼き刃でダンスを習ったばかりのブランディーヌが敵う相手ではない。

 楽しげに踊る姿は堂に入っていた。

「とてもお上手ですね」

 二曲踊り終わったところで、ブランディーヌは降参した。

「あなたもね。いつか、舞踏会でわたくしと踊ってちょうだいね」

「はい」

「約束よ」

 アリナはブランディーヌの手を掴むと、ぎゅっと強く握りしめた。

 殿下、と舞踏室の外の廊下から、アリナに付き従ってきた女官が声を掛ける。

 王太子になってからのアリナは、毎日のように王太子としての公務で忙殺されている。その合間に無理矢理時間を作ってオーグ伯爵邸を訪れているのだ。特定の家臣の屋敷を頻繁に出入りしているところを目撃され、妙な噂が立ってもいけないので、王女とわからないように紋章のない馬車を使ったり、護衛や女官も最小限にしている。

 それほどの細工をしなければ訪問もままならないほど、王太子という身分は窮屈なのだとブランディーヌは初めて知った。

 御機嫌よう、と屋敷を去るアリナを、ブランディーヌは玄関まで見送った。

 使用人たちまで総出で見送るような派手な真似は人目を引くから、ということで、ギスランもついては来なかった。

 住宅街なので、正面玄関から門扉までの距離が短く、通りを歩く通行人からも屋敷に出入りする人の姿が丸見えなのだ。

 質素な馬車が賑やかに車輪の音を立てて走り去ると、ブランディーヌは自分で扉を閉める。執事にも出てこないように命じていたのだ。

 周囲に誰の目もないことを確認してから、ブランディーヌは自分の右手を開いた。そこには小さく丁寧に折り畳まれた紙が入っている。そっと開いてみると、細かい字で簡単な文章が綴られていた。

『午後十時、屋敷の裏口で待っていて』

(殿下は、昨日会ったばかりのわたしになにをさせようとお考えなのかしら?)

 いくらオーグ伯爵の紹介といえ、昨日の今日でこのような手紙を渡してくるとは。

(よほどオクタヴィアンの人選を信頼しているのでしょうけど、わたしはそんなにお人好しに見えるのかしらね)

 首を傾げてから、まぁいいか、とブランディーヌは深く考えるのはやめることにした。

 オーグ伯爵兄弟に比べれば、誰でも好人物に見えるだろう。

 手紙を文字は読み取れないくらい千々に破くと、そばにあった屑籠に放り込む。ギスランがこの塵を見つけたなら、この手紙を全部貼り合わせて読むくらいのことはできるだろうが、ばれたときはばれたときだ。

 そしてダンスの練習を再開するため、舞踏室へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ