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ルイ=ノエル王子とイローナ嬢の恋物語は悲劇だが、王子の振る舞いはブランディーヌの満足できるものではなかった。
あまり恋物語を読まない彼女も、恋愛にまったく興味が無いわけではない。
「なにをそんなに物騒な顔をして考えてるんだ」
菓子を食べる手を止めたブランディーヌを見咎め、ギスランが声を掛ける。
「なんで王子様は廃嫡されたのかしら、と思って。その伯爵令嬢と結婚できなかったからといって、廃嫡するほどの事件を起こしたわけではないのでしょう? 宰相に喧嘩をふっかけたからって、本当に暗殺を計画していたわけではないのだし、王子様だってそのうち頭が冷えて令嬢のことだって忘れてしまうでしょうに」
「王子にサンノール州の独立運動家が接触したのが原因だ」
オクタヴィアンが即答した。
「運動家の連中が、王子を唆そうとしたのだ。王位を継いだ際には、宰相を失脚させ、イローナ嬢を妃に迎える協力をするから、サンノール州を独立に力を貸して欲しいと挑発したらしい。もちろんこの連中の一部はすぐさま政治犯として逮捕したが、王子の気持ちに一石を投じたことは間違いない」
「王子様が、王様になったときには、その令嬢が王妃様になって、サンノール州は独立すると? そんな何年も先のことを……」
「不安の芽は早々に摘んでおくに限る。それに王子は、そう単純な性格ではない。数年経ったところで、陛下や宰相閣下が自分の恋路の邪魔をしたことは根に持っているだろう。イローナ嬢にはかなり執着を持っていたようだから、もし彼女が死んだとしても、王子は陛下と宰相閣下の仕打ちは忘れはないだろう。反対に、恨みを深くするかもしれない」
「かなりしつこい性格なんですね」
「鬱陶しい男だな」
ブランディーヌとギスランが顔を顰めると、オクタヴィアンは薄く笑った。
「今回の一件で王子は王太子に相応しくないだろうという結論を出した陛下が、王女殿下を王太子とされる決定を出した。もちろん、万が一独身である王子の身になにか起きれば王女殿下が王太子となることは通常の流れなのだから、彼女も帝王学の基礎などは学ばれていたが、まさか本当に王太子として指名されるとは考えていらっしゃらなかったようだ」
「甘いですね」
「そう批判的なことばかり言うな。王女殿下は急に周囲が窮屈になり、かなり不自由な思いをされていらっしゃるらしい。護衛官に女性を採用することにした際、一番喜んでいらっしゃったのは王女殿下だ。これは殿下に陛下が選ばれた男以外が近づかないようにするためでもあるが」
「そうなんですか? でも、わたしが殿下と親しくなったところで、殿下が陛下がお決めになった方以外の男性に恋する可能性は充分あると思いますけど」
「それはないだろう」
「――あぁ、それはないだろうな」
憮然としつつギスランがオクタヴィアンに同意したので、ブランディーヌは首を傾げた。
「ブランディーヌ、君は騎士団があったデュソールの村娘たちの間でかなり人気があったそうだね。あれだけたくさんの騎士が所属している中で、君の人気は群を抜いていたとか」
「そうでもありませんよ」
ブランディーヌは謙遜したが、ギスランは首を横に振った。
「その辺りの男よりも強く、優しく、見目が良い君はとても人気があった。というか、騎士団で一番もてていた」
容姿端麗のギスランがもてないのは性格が災いしているのだが、彼は態度を改めるつもりは毛頭ないのだし、もてたいとも考えていないのはわかっていた。
「女性が憧れる騎士の理想をほぼ具現化しているのが君だ」
「でもわたし、女よ?」
「だから良いんだ。君は彼女たちの誰のものにもならないけれど、彼女たちは永遠に君に憧れることができる。そして君は彼女たちに公平だった。男の騎士であれば、崇拝者の中から恋人を選ぶかもしれないが、君はそんなことにはならないじゃないか」
「だからって」
「古今東西、男装の女性は同性にもてるんだ。君はその条件を満たしている」
ぴしゃりとギスランが断言する。
下手にドレスを着るよりは男装している方が似合っていると誉められることは確かなので、ブランディーヌは反論できない。
「君が殿下のお側にいれば、殿下も魂胆があって殿下に近づいてくる容姿だけは良い男たちに目を奪われることもないだろう」
(オクタヴィアンが側にいればそれで大丈夫だと思うけど)
これだけの美貌を見慣れていれば、その辺りの少々容姿が良い男子などまったく眼中に入るはずもなかろう。
自分もそうだという自覚がブランディーヌにはない。幼馴染みであるギスランとは十年以上の付き合いなので、彼がかなりの美形であるという意識はない。たまにしか会わないオクタヴィアンの美貌にしか新鮮みを覚えないのだ。
「兄上は優しくないから無理だ」
ブランディーヌの心中を正確に読み取ったギスランがぼそぼそと耳元で囁く。
「そうかしら?」
ちらっとオクタヴィアンに視線を向けると、しっかりと弟の暴言が聞こえていたらしい彼の口元が引き攣っている。
「とにかく、よろしく頼むよ」
溜息を吐いたオクタヴィアンは、ブランディーヌに向かって微笑んだ後、弟を睨み付けた。




