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 王子の廃嫡問題に発展した醜聞については、ブランディーヌもまったく知らないわけではない。王子が三人の恋人全員を妃として王宮に迎えたいと国王や宰相に申し出て、宰相から手厳しく叱責されたことから、逆恨みをして宰相暗殺を目論んだという話なら新聞に面白可笑しく書かれていた。もっともこれは計画だけで実行されたわけではなく、発覚した時点で王子の側近のほとんどはそのような計画があること自体を知らなかったと証言したことから、咎められたのは王子だけという結果に終わった事件だ。

「ここだけの話、王子が宰相閣下の暗殺を計画していたという事実はない。すべては彼を王太子から引き摺り下ろすための捏造だ」

 声を低めると、オクタヴィアンは国家機密を語り始めた。

 確かに、ルイ=ノエル王子の恋愛はこの一年で大きな問題となり、王宮を揺るがした。しかし、通常であれば王子の火遊びなど若気の至りで黙認されるはずだ。実際に王子の恋人だった女性は貴族令嬢で、身元もしっかりしている。結婚となると別問題だったが、本来であればそこまで口喧しくはならない。

 それが問題視されたのは、王子の恋人として噂になった女性が、実は百年近く前に戦争によってガルデニア王国に併合された国の王族の末裔だったためだ。

 ガルデニア王国は建国以来、領土拡大のために周辺国へ侵略し、併合を繰り返してきた歴史がある。現在は大国となったガルデニア王国も、かつては都であるロワジャルダンと、その周囲の数十(マイル)しか支配していなかった。

 国の北に位置するサンノール州は、百年ほど前に、征服王と呼ばれた第五代国王ギーズ一世の治世下でガルデニア王国の領土となった地域だ。当時、このサンノールを支配していた王族のほとんどは他国に亡命したが、そのうちのひとりがガルデニアの貴族と結婚し、サンノールの王族の血筋が国内の貴族にもたらされた。そのひとりであるエルブロンネル伯爵令嬢イローナ・ドリュ・ライが、ルイ=ノエル王子に見初められたのだ。

 エルブロンネル伯爵家はこれまで特にサンノール州とは関わり合いはなかった。伯爵は再婚でイローナの母親と結ばれた。伯爵には息子が三人いるが、彼らの母親である前妻は生粋のガルデニア国内の貴族の出身だ。

 最近になって、サンノールの王家ゆかりのイローナ嬢がルイ=ノエルの恋人として噂されるようになった。やがて妃候補のひとりとして名前が挙がったことから、俄然サンノール州の一部の貴族や地主たちが危機感を覚えた。彼らは、イローナ嬢が王太子妃となることで、かつてこのサンノールを支配していた王族の末裔たちが土地の所有権を主張し、エルブロンネル伯爵やその血族によって奪われるのではないかと危惧したのだ。

 また、サンノール州には独立運動を行っている組織もある。

 このようなおかしな話が唐突に沸き起こった背景には、サンノール州ではいまだに亡命した王族を支持する一派があり、彼らは現在も秘密裏にガルデニア王国からの独立と、サンノール王国復活のため活動している経緯があった。

 エルブロンネル伯爵家はサンノール州の事情に巻き込まれて政治犯の汚名を着せられてはかなわないと慌てふためき、すぐさまイローナ嬢を他国の修道院へ送ろうとした。これを知ったルイ=ノエル王子が、自分の恋路を邪魔されてはなるものかと反対し、騒動に発展したのだ。ルイ=ノエル王子はイローナ嬢との婚約を発表し、短期間で結婚まで漕ぎ着けようとしたが、さすがに王族の結婚は当人同士の合意だけでは成立しない。国王と宰相は婚約を阻止し、イローナ嬢は国外の貴族と政略的に婚約させられた。それに怒ったルイ=ノエル王子が宰相に抗議すると、王子がイローナ嬢の修道院行きを邪魔さえしなければ、彼女は好きでもない相手に嫁ぐことにはならなかったのだと反対に諫められた。これに反発した王子が宰相に暴言を吐き、数日後には宰相暗殺の計画を立てた疑いで逮捕。翌日には廃嫡され、現在は離宮で幽閉されている。

「三股問題で宰相暗殺を企てるとは莫迦にもほどがあると呆れていたが、そのようなことがあったのか」

 納得したギスランは、長椅子に座り直した。

 エルブロンネル伯爵令嬢が王子の妃候補から外れた理由の真相を煙に巻くため、宰相やオクタヴィアンたちは、他に二人の恋人が王子にいたことにした。失恋した令嬢は、そのまま涙ながらに他国に嫁ぐことになり、世間は令嬢に同情し、王子を批判した。もっとも世の人人はイローナ嬢の血筋に関する話については、伝わっていない。

「王子の、恋人を奪われないようにと行動した結果のお粗末さは、見るに堪えないものがあるな」

「お前ならどうする、ギスラン?」

「そうだな。俺なら駆落ちする」

「えぇ!?」

 飲みかけの紅茶を噴き出しそうになったブランディーヌは、まじまじと隣に座るギスランを見つめた。

「正気!?」

「正気だ。そもそもルイ=ノエル王子はすべてを手にしようとしたものだから、失敗したのだ。恋人を守る気があるのなら、自分の地位や財産を捨てる覚悟が必要だ。王子はその恋人を迎えに行くわけでもなく、王宮内で王や宰相を相手にごねていただけなのだろう? それでは恋人を奪われても仕方ない」

 ブランディーヌに顔を向けたギスランは、淡々と真面目な口調で告げた。

「それが、駆落ちという結論になるわけか」

 くすっと愉しげにオクタヴィアンが笑う。

「自分自身で恋人を守るために動かなかったということは、そこまでの想いもなかったということなのだろう。結局、王子は自分のお気に入りの玩具を取り上げられて駄々をこねているだけじゃないか」

「駆落ちなんて行為を知らなかったから、とは考えないのか」

「知らなかったのであれば、無知による悲劇だ」

 容赦なくギスランは言い捨てる。

「もし王子様がその恋人と駆落ちしていたら、どうなっていたのかしら」

 世間を知らないという意味ではブランディーヌも充分無知だが、王子とその恋人である伯爵令嬢だって世間知らずであるはずだ。

「二人で逃げている最中に強盗に遭って身ぐるみ剥がされて、命だけは助かっても途中で野垂れ死ぬのが関の山だろうな」

「……あ、そう」

 どちらにしても幸せな結末はないのか、とブランディーヌはがっかりした。

「きっとその王子様の敗因は、ギスランのような人が傍にいなかったことでしょうね」

「なんでそう考えるんだ」

「だって、あなたなら、王子様とその恋人が幸せになれるような計画を立ててあげられたでしょう?」

「そんなものはない。どう転んだって悲劇だ」

「え? ギスランがあらゆる知略を尽くしてもできないの?」

「――やろうと思えばできる」

 むっと顔を顰め、ギスランは言い直した。

 それを聞いたオクタヴィアンがくすくすと笑う。

「ギスランが騎士になると言い出した際、反対した私は無理矢理お前を王宮に上げようかとも計画したものだったが、そうしなくて良かったようだな」

 オクタヴィアンの口調では、ギスランは王子の従僕のような側近として出仕させるつもりだったのだろう。

「騎士団に入ることを許して貰えないのであれば、家出するつもりだったから、どちらにしても俺が王子に使えることはない」

「ギスランって、そんなに騎士になりたかったの!?」

 驚きの声を上げたブランディーヌがまじまじとギスランの顔を眺める。

 読書以外に彼を熱中させるものがあるとは初耳だ。

「……別に」

 照れ隠しのように素っ気なく、ギスランは答えた。

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