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「殿下は、護衛官を取り巻きかなにかと勘違いされているのだ」
「まぁ、あれで友達ごっこをしようって気は萎えたんじゃないのか?」
自分で騒動の種を蒔いておきながら、ギスランは王女に嫌われたことを気にする風でもなく、飄々と告げる。
「あの方は、良くも悪くも根に持たない性格だ。明日にはギスランに言われたことなど忘れて、ブランディーヌに会いに来るだろう」
「まさか、俺たちが王宮に上がるまで、毎日ここへ通ってくるのか?」
厭そうに顔を顰め、ギスランが訊ねる。
「その予定だ。殿下は、できるだけブランディーヌと親交を深め、信頼を築きたいとお考えなのだ」
「将来は国王になるって奴がなにを夢みたいなことをほざいているんだ」
辛辣にギスランが言い捨てると、オクタヴィアンは苦笑いを浮かべた。
「この国の行く末がいまから気掛かりだ」
「そう言うな。あの方だって、突然王太子にさせられたものだから、戸惑っていらっしゃるんだ」
「王女なんだから、万が一の心構えは常にしておくべきだろう」
ギスランはあくまでも王女に対して批判的だ。
「まぁ、立ったままではなんだから、椅子に腰を掛けなさい」
オクタヴィアンはブランディーヌとギスランに座るよう長椅子を指で示した。
ひとり掛けの椅子にオクタヴィアンは座り、ブランディーヌとギスランはその向い側にある長椅子に座った。
王女が出て行くと間もなく、侍女が銀の盆に茶器と菓子を盛った籠を載せて応接室へ入ってきた。テーブルの上に茶器を並べ、各カップに紅茶を注ぐ。林檎や檸檬といった果物のタルト、クッキー、チョコレートといった甘い菓子を山のように並べると、そのまま黙って退出する。
湯気が立ち上る紅茶からは馥郁とした香りが漂い、ブランディーヌはひとくち飲んで、思わず目を瞠った。これまで飲んだことがない美味しさだ。かなりの高級品に違いない。
テーブルの中央に置かれたマドレーヌに遠慮無く手を伸ばし、すぐに口に運んでみる。砂糖の柔らかく甘い味が舌の上に広がり、幸福な気持ちになった。騎士団ではめったに菓子を食べる機会がなかったので、菓子なんて久しぶりだ。こちらも味は絶品だった。
ブランディーヌが菓子と紅茶に夢中になっている間、隣ではギスランが向かいの席のオクタヴィアンを相手に、いかに王女が次期国王にふさわしくないかという理屈を延々と語っている。
「不慮の事態が起きない限り、ジュヌヴィエーヴ・アリナ・ドニ・バール王女が次期国王として即位されることは、現国王陛下がお決めになったことだ。これが覆ることはない」
「しかし、あれでは王としての職務を全うできるかどうか……」
「あの方が立派な王となられるよう補佐することは、我々家臣の重要な責務だ」
兄弟で堅苦しい激論を交わしているので、ブランディーヌは一応は耳を傾けてはいたものの、ほとんどは聞き流しつつ菓子を食べる手を止めはしなかった。どうせこれらの菓子は、ブランディーヌのために用意された物だとわかっていた。ギスランは甘い物は苦手だし、オクタヴィアンも菓子を好みそうには見えない。
「私たちの現在の使命は、王女殿下が無事王と即位されるよう、お護りすることだ。そのために、ブランディーヌとお前を呼び寄せたのだ。今日は別として、今後は王女殿下を怒らせるような発言は控えなさい。忠義を尽くし誠心誠意お仕えしろとはいわないが、殿下のご不興を買うような真似が度々あってはならない」
「――はい。申し訳ありません」
殊勝な顔でギスランが軽く頭を下げたが、彼が自分の発言をまったく反省していないことは丸分かりだった。
一杯目の紅茶を飲み干したブランディーヌは、自分で二杯目をカップに注いだ。
騎士団の居城があるデュソールの村にも菓子屋はあったが、こんなに凝った菓子は売られていなかった。伯爵家のお抱え菓子職人の手によるものなのか、どこかの有名な菓子店の物なのかはわからないが、さすがは王都だと感心する。
砂糖は贅沢品だが、輸入品であるチョコレートはもっと高級品だ。
オーグ伯爵家の財力はブランディーヌの実家であるラペリーヌ伯爵家の比ではないので、金さえ出せば手に入るものは大抵持っている。高級な家具のような調度品、絵画などの美術品、衣装、装飾品、食べ物。ラペリーヌ伯爵家にはないような物で溢れているので、ブランディーヌはオーグ伯爵家を訪ねるのが好きだ。
ギスランの興味は書物だけなので、オーグ伯爵家の領地屋敷の図書室には、かなり高価な外国の書籍もたくさん所蔵されている。ブランディーヌにはまったく価値がわからない上に読めない外国語で書かれているものばかりで、まったく面白くないのだが、金銀細工や宝石で装幀されている物もあり、読むというよりは飾る目的で作られたのではないかというような本は見ているだけで面白い。ラペリーヌ伯爵家の図書室にはそのような立派な本はまったくないのだが、建国当時を記録した古い羊皮紙の巻物になっている書物があり、ギスランはそれを目当てに一時期よくラペリーヌ伯爵家に通ってきていた。門外不出の書物なのでさすがに貸すことはできなかったが、ギスランが熱心に書き写していたので、彼にとっては興味深いことが書かれていたのだろう。
ギスランの知識量はとにかく半端ではない。
騎士団に入ってからは読書量が激減したが、それでも暇さえあればよく書物を読んでいた。
騎士としての技能はともかくとして、王太子を補佐する一翼として活躍することは間違いない。ただ、初対面からあのように喧嘩をするようでは、先が思い遣られた。
「ブランディーヌ、君はギスランのことは気にせず、王女殿下にお仕えして欲しい。君であれば、殿下の信頼も得られるはずだ。あの方は少々気分にむらのある方ではあるが、根は素直な方だ」
檸檬のタルトを頬張っていたブランディーヌは、こくこくと首を縦に振った。
「そもそも、なんだってルイ=ノエル王子は廃嫡になったんだ」
次々と菓子に手を付けるブランディーヌを横目に、ギスランはオクタヴィアンに訊ねた。彼はブランディーヌの大食漢ぶりを知っているので、いまさらとやかくは言わないのだ。
「噂では宰相に楯突いて王太子の座から引き摺り下ろされたということだが、宰相と対立したくらいで廃嫡になっていたら王太子なんてやっていられないよな。それに、兄上もこの件に係わっていると聞いている。ルイ=ノエル王子はその素行の悪さを兄上が国王陛下に進言したことから大きな問題として扱われるようになったとか」
世間の噂などほとんど気にしたことがないブランディーヌは、毎日一緒に騎士団で生活していながら彼女が知らない世の中のことを知っているギスランの情報収集能力に感心した。
「あれはまぁ、世間の目を誤魔化すためにあれこれと捏ち上げた結果だ」
椅子の背もたれに背中を預けると、腕組みをしてオクタヴィアンが溜息を吐いた。
「王子が昨年から三人の女性と付き合っていたという噂は、嘘だ。実のところ、王子が付き合っていた女性はひとりきりで、身元もしっかりした相手だった」
「貴族令嬢と商家の娘と娼婦の三人が恋人だったとかいう三股の醜聞は嘘だったと?」
ギスランがわずかに椅子から身を乗り出す。




