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騎士団に入る以前からブランディーヌには同性の友人がいなかった。領内の同じ年頃の少女たちとは親しく話しをすることはあっても、彼女たちにとってブランディーヌは伯爵家のお嬢様だった。騎士団では男装していることもあり、近くの村娘たちから憧れられることはあっても、友人として付き合ったことはない。オーグ伯爵家には娘がおらず、身分が釣り合う同性の友人というものはブランディーヌにとって初めての経験だ。
顔を綻ばせたアリナは、ゆっくりとした足取りでブランディーヌに近寄ると、腕を広げて彼女に抱きついた。
頭半分背が低いアリナは、近くで見ると本当に腕や腰も細く、肌は透けるように白い。
毎日のように屋外で剣術だの馬術だのと鍛えてきたブランディーヌとはまったく違う生き物だ。
これは触ると壊れてしまう砂糖菓子なのではないだろうか、とブランディーヌは恐る恐るアリナに手を伸ばした。なにかの罠のように見えないこともない。
「ブランディーヌ、その方は君がお仕えする王女殿下だ」
ぼそっとギスランが部屋の隅から囁く。
その瞬間、ブランディーヌは全身が凍り付いた。
「まぁ! なんで言ってしまうの? オクタヴィアン、あなたの弟は酷い人ね」
恨めしそうな顔をしてアリナが抗議する。
「黙っている方が詐欺だと思います」
淡々とした口調でギスランはさらりと反論する。
「そもそも友人ごっこをする意味がわかりません」
「ごっこじゃないわ! わたくしはブランディーヌと本当にお友達になりたいの!」
地団駄を踏んで悔しがる姿はまるで子供のように幼い。
「我々はあなたの遊びに付き合うために、西の国境からやってきたわけではありません。護衛するためにきたんです」
冷ややかにギスランが告げると、アリナの目が険しくなる。
「遊びなどではないわ。わたくしはただ、心から信頼できる友人が欲しいのよ。護衛官なら、わたくしの命を預けられるだけの信頼できる相手になるでしょう? でも、あなたでは無理ね」
刺々しくアリナは言い放つ。
(なんか目の前で喧嘩が始まってしまったわ)
凍り付いたまま、ブランディーヌは急に敵対し始めた二人を呆然と眺める。
(しかもギスランってば、王太子殿下に喧嘩をふっかけたりして、あいかわらず命知らずなんだから。もう)
冷静沈着そうに見えて、ギスランは短気だ。しかも言い方がぶっきらぼうなので、相手の心証を悪くするのも早い。騎士団でもギスランはよく団員たちと喧嘩をしていたものだ。ほとんどの場合、口では勝てても腕力では勝てない彼がやられているところをブランディーヌが仕方なく助け出す、という展開で終わる。
ブランディーヌ自身は自分が口ではギスランに勝てないことはわかっているし、腕力では勝てることをわかっているので、二人の間では喧嘩が成立しない。ギスランの物の言い方に腹が立つことはあっても間違ったことを言われているわけではないので、口答えはしないようにしている。口論したところで負けるのはわかっているのだから、時間の無駄だ。
「自分も殿下に忠誠を誓えるかどうかわからなく……」
ギスランが最後まで言い終える前に、我慢の玄関を越えたアリナがギスランに駆け寄って怒り任せに叩こうと手を上げた。
「殿下!」
慌ててブランディーヌが背後からアリナの腕を掴んで止める。
「おやめください。殿下のお手が痛まれるだけです」
実際、ブランディーヌが掴んだアリナの手首は細く、力もほとんどない。ギスランの頬を思いっきり叩いたところで、さしたる痛みも与えられないに違いない。
「伯爵! わたくしはあなたの弟がわたくしの護衛隊から外します。至急、別の副官候補を手配して下さい」
「申し訳ございませんが、それは出来かねます」
薄く微笑むと、オクタヴィアンは首を横に振った。
「わたくしに忠誠を誓えぬ者を傍に置くことなどできません」
「護衛官は常に殿下のお側に侍って護衛だけをする者ではありません。また、殿下をお護りするため、ときとして殿下のご命令に背いて行動する必要もございます。ただただ忠実なだけでは務まらない仕事です。宮廷内の動きに目を光らせ、護衛隊が殿下にとって有益な存在となるためにも、ギスランのような者も必要であることをご承知下さい」
「気に入りません!」
「好き嫌いで臣下を選んでいては、国を統べることはできません」
オクタヴィアンが諫言を呈すると、アリナは真っ赤になって顔を顰めた。
「はっきり申し上げますと、ブランディーヌは少々素直すぎるところがあります。王宮に巣くう老獪な連中に太刀打ちできるほどの処世術もありません。ギスランのような者が常に目を光らせ、適切な助言をすることで、円滑に護衛隊を動かすことができるはずです」
「そんな口車には乗らないわ。その男は護衛隊の隊士から外しなさい。これは命令です」
「承伏しかねます」
やんわりとした口調ではあるが、毅然とした態度でオクタヴィアンは拒否した。
「護衛隊の隊士は陛下が任命されるものです。殿下には隊士の罷免権はございません」
「あなたは自分の弟を護衛隊に入れて、わたくしを監視したいだけでしょう!?」
甲高い声を上げて、アリナはオクタヴィアンを睨み付けた。
「クルージェ夫人と一緒ね。お兄様があなた方の思い通りにならないとわかると理由をつけて廃嫡に追い込み、今度はわたしに自分の弟を見張らせて操ろうとするんだわ!」
怒り狂ったアリナは、腹の底から声を張り上げて叫び散らした。
「誤解ですよ」
穏やかにオクタヴィアンは否定したが、アリナは耳を貸さない。
「やっぱりあなた方は、わたくしを利用して権力を我が物にしたいだけなのね! あなたに期待したわたくしが莫迦だったわ!」
オクタヴィアンになにを期待したのだろう、とブランディーヌは首を傾げた。
「アリナ、落ち着いて下さい」
激昂しているアリナの耳元でブランディーヌは囁いたが、逆効果だったわ。
「あなただって、伯爵とぐるなんでしょう!?」
ぱっとブランディーヌの手を振り払うと、アリナは振り返って上目遣いに睨んできた。その目がわずかに潤んでいる。
「いえ、あの……」
同性との付き合い方を知らないブランディーヌは、戸惑うばかりだ。
「言い訳は結構よ! 騙されるわたくしが愚かだったわ!」
一方的に捲くし立てると、アリナはそのまま身を翻して応接室を飛び出していく。
「え? 殿下!?」
王女をひとりにしてはさすがに不味かろう、とブランディーヌは後を追おうとした。
「放っておきなさい」
オクタヴィアンがブランディーヌを引き留めた。
「廊下には殿下の侍従と女官が控えている。護衛もついているから心配ない。すぐ、女官に諭されて王宮にお戻りになられるはずだ」
「……そうですか」
後味の悪さにブランディーヌが表情を曇らせる。




