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 デュソール州のパンテール騎士団にブランディーヌとギスランが戻ってきたのは、騎士団を出て行ってから四十日後のことだった。

「お前ら、出戻りか」

 団長室で二人を出迎えた団長デュモン・サブリエは苦笑いを浮かべた。

「だって、護衛隊は結局編成しないって言われたんですよ。王都に残ったって仕方ないじゃないですか。観光だけして帰ってきました。あ、これお土産です」

 執務机の上に木箱をどんと置く。

「王宮内の葡萄畑で作られた葡萄だけを使って作った葡萄酒です。まだ試作品だとかで、味は保障しないということですが、市場に出回っていない珍品ですよ」

「なんでそんな物を入手できたんだ?」

 木箱から瓶の一本を取りだし、副長のマルセル・ラフィーが栓を抜いて香りを嗅ぐ。

「王太子殿下からいただいたんです。なにか貴重な物をお土産に下さいって頼んだら、趣味の家庭菜園で作っている葡萄で作った葡萄酒があるからって」

「王太子殿下の趣味は家庭菜園なのか」

「離宮に幽閉されている間に、園芸に目覚めたそうです。この葡萄酒はまだ新しいものですから、もうしばらくは醸造した方が良いという話ですけど、このまま数年先まで置いておいても美味しい葡萄酒になるかどうかはわからないので、適当な時期に飲んで下さい」

「……結構迷惑な趣味だな」

 葡萄酒の匂いが気に入らなかったのか、眉間に皺を寄せたマルセルは栓を閉め直して木箱に瓶を戻す。

「迷惑といえば、お前が寄越したあの男。あいつも妙な趣味の持ち主だな。実験と称して、一昨日は厨房の竈を爆破したぞ」

「あら、そうでしたか」

 なにをすれば竈が爆発することになるかわからないブランディーヌは、ふうんと涼しい顔をする。

 その隣に立つギスランは我関せずだ。

「最終的には城を爆発させるのが夢らしいですよ」

「エルブロンネル伯爵の息子は変な奴ばかりだな。兄は兄で、武器の収集癖があったぞ。しかも、せっかくの剣をもったいないから使いたくないとか言いやがってちっとも鍛錬に励まないから、半年で追い出してやった」

「あぁ、それで半年しか在籍できなかったんですか」

 先日ユーグに会った際、結構剣の腕は良さそうなのになぜ騎士団を半年で辞めたのだろうと疑問に感じていたのだが、ようやく得心がいった。

「いい人でしたけど」

「普通に仕事をしている分にはそこそこまともな奴だ。うちのようなところより、警邏隊の方があっているんだろう。次に王都に行く機会があったら、あいつの家を訪ねてみるといい。狭い家の中の半分は武器庫になっているぞ」

 次男が武器収集家で、三男が爆薬作りが趣味となれば、それだけでエルブロンネル伯爵家は謀反の疑いをかけられても仕方ない気がしてきた。

「ところで、なんで君まで戻ってきたんだ?」

 マルセルはじろりと眼鏡越しにギスランを睨んだ。

「無職ですから、またしばらくは彼女と一緒にこちらにご厄介になろうと思って」

「ブランディーヌはともかく、君は兄君のところに居候していれば良かろう」

「厭ですよ。また、面倒事の手伝いをさせられるに決まっているんですから」

「王都で存分に働きたまえ」

 居丈高にマルセルは命じる。

「王都は危ないところですから、住むのはごめんですね。田舎の方がのんびりしていて過ごしやすいですよ」

「悪かったな、田舎で。君たちの故郷とそう代わらないだろうに」

「だから良いんじゃないですか」

 マルセルとギスランが脇で舌戦を始めたので、ブランディーヌはデュモンに近寄った。

「でもギスランの言う通り、王都って危険ですよ。わたし、もう少しで死ぬところでした。かすり傷ていどで済んだのが奇跡みたい」

「テオドールは肋骨と足の骨を折ったと聞いたが」

「鍛え方が違うんでしょうね」

「……君があの男を踏みつけたんだろう」

 ギスランが横から口を挟む。

「重力の法則に従った不可抗力だってば」

 実際のところ、馬車が横倒しになったときは本気で死ぬかと思った。

 倒れかけた馬車の中で、なんとか体勢を立て直し、落ちてくる馬車の扉や窓硝子の破片から顔を守ることができた。少々車内の椅子に身体はぶつけたものの、ブランディーヌは別段怪我らしい怪我はなかった。

 足下にテオドールがいたのは想定外だ。

 警邏隊から隠れていたギスランが騒ぎに気づき追いかけてきたものの、すでに馬車は潰れていた。車体によじ登り中を覗いた彼は、ブランディーヌの足下で倒れているテオドールを見つけた瞬間は、確実に死んでいると判断したものだ。

 なにしろ、微動だにせず、うずくまっていたのだ。あれで生きている方が奇跡と言える。

「警邏隊の副長は、君を殺しそうな目をしていたぞ。あれで踏み潰していたら、決闘になっていただろうな」

「そのときは間違いなくブランディーヌが勝てるから、大丈夫だ」

 団長が妙な保証すると、副長も妙な合いの手を入れる。

「そうですね。勝ってしまえばこちらのものですよね」

「我が騎士団の面目に関わることだ。決闘の際は、我々も王都まで応援に行かなければいけないぞ」

「最低限の人数だけここに残して、王都へ行きましょう」

「他国の軍が団長の不在を狙って国境を突破してきたらどうするんですか」

 これだから脳筋集団は、とギスランは呆れ返る。

「馬鹿弟の尻ぬぐいをしてやる条件を出さなければ、今頃警邏隊副長は墓の下だったことでしょうね」

 倒れた馬車を火薬で爆発させ、更に監獄から死体を一体調達させ、テオドールが仕掛けた罠を回収して痕跡を消したのはギスランだ。

 王都警邏隊にも手伝わせ、陰謀はサンノール州独立運動家たちだけが独自に行ったものであるように偽装した。

 王宮ではどこまで騙されてくれたかわからないが、ひとまずテオドールの追っ手はデュソールまではこなかった。テオドールは騎士団で怪我を癒やし、直り次第そのまま国境を越えて隣国に出る手筈となっている。まだ松葉杖をついているが、気晴らしに実験を始め、日々副長の青筋を増やしているところだ。

 当然、エルブロンネル伯爵には騎士団へ多額の寄付をさせた。

「でもまさか、あの王子が王太子に復位するとは思いませんでしたね。陛下もずいぶんと大胆なことをなさいますね」

「一応、世間の同情と支持を集めたルイ=ノエル王子の三股問題が実は誤解だったということで、エルブロンネル伯爵令嬢の件は秘されたようですよ」

「そりゃあ、陛下の身から出た錆だからな」

 デュモンの一言にブランディーヌも頷く。

 国王の庶子問題については、国境に籠もっているデュモンも知っていたらしい。

「それに比べてエルブロンネル伯爵は親の鑑だな。血の繋がらない馬鹿息子を守るため、大金を使ったんだからな」

「娘が王妃になれるかもしれないんですから、当然でしょう」

 マルセルは親の愛情に否定的だった。

「そういえば団長、わたし、将来伯爵になれるかもしれないんですよ」

 ふふふっ、と含み笑いを浮かべ、ブランディーヌは報告した。

「ルイ=ノエル王子様が、法律を変えて女でも爵位を継げるようにしてくれるって約束してくれたんです」

「なんだそれは。危機的状況だったとはいえ、王子もずいぶんと大胆な約束をしたものだな」

 ガルデニア王国は保守的な国だ。

 女性が爵位どころか家を継ぐということも過去には前例がない。

「どうせ口約束だろう。きちんと履行されるかどうか、わかったもんじゃない」

 マルセルがしたり顔で忠告する。

「うかうかしていると、ギスラン辺りにラペリーヌ伯爵家を乗っ取られるぞ」

「そんなことはしません」

 きっぱりとギスランは否定したが、どうだか、とマルセルが牽制する。

「ギスランに乗っ取られなくても、親類に乗っ取られるかもしれないじゃないか」

「その前に、わたしが爵位を継げるようにしていただくんです。もちろん、口約束だろうが約束は約束ですから、命を賭けて守っていただきます」

「そうだな。約束が反故にされたら、ルイ=ノエルを殺せばいい」

 平然とギスランはブランディーヌの提案に同意した。

「お前たち、ここで王族暗殺計画を立てるのはやめなさい。そういうものは陰に隠れて真夜中にこそこそと相談するものだ」

 葡萄酒の瓶を一本手に取りながら、デュモンは溜息を吐いた。

 彼は姪がなにごともなく(失業はしたが)王都から帰ってきたことに満足していた。まさかまだギスランがくっついているとは思わなかったが、姪の不利益になることをしない限りは一緒にいることを認めている。

「陰でこそこそと話したら、即謀反人扱いじゃないですか。こうやって堂々と喋っていれば、不敬罪だと叱られることはあっても、誰も本当に殺そうとしているなんて思いません。冗談だと勘違いしてくれます」

「本気で喋っているのは丸分かりだから、こそこそ話しなさいと言っているんだ」

 もういい、と手を振り、デュモンは二人を団長室から追い出した。

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