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 大通りで馬車が爆発するという事件は、王都ロワジャルダンを大きく賑わせた。

 王都警邏隊の連日の粘り強い捜査にもかかわらず、犯人の正体は不明となった。

 馬車は貸し馬車で、御者は大通りを走行中に車輪のひとつが外れ、馬車の車体が傾いた後、爆発したと証言した。御者台から放り出された御者自身は軽い擦り傷と打ち身だけで助かったが、車内には身元不明の男の死体があった。

 この男がなにかを爆発させたようであるというところまでは判明したが、いったいなにがあったのかは謎に包まれたままだ。どうやら火薬が使われたらしく、どのようにして王都に火薬が持ち込まれたかも調査は行われているが、うやむやなままに事件は収束する気配が濃厚だった。

 王家の離宮が火事で半焼したり、王都の中心地である大通りで爆発事故が起きたりと、連日騒がしかったが、ひとつだけ喜ばしい出来事もあった。

 国王の逆鱗にふれて廃嫡されていたルイ=ノエル王子が許され、王太子に復位したのだ。

 間もなくエルブロンネル伯爵令嬢イローナ・ドリュ・ライとの婚約が発表されるであろうと世間ではもっぱらの噂となっている。

 一方で、ジュヌヴィエーヴ・アリナ王女は、王位継承権第二位の身分に戻った。あんなに帝王学を勉強したのに、と国王や宰相に食ってかかったようだが、いい経験だっただろう、と軽くかわされたらしい。

 王女が王太子ではなくなったことにより、王女の護衛隊編成計画は白紙に戻された。

 護衛隊隊長と副長に就任する予定で王都に滞在していたブランディーヌとギスランは、あえなく内定取り消しとなったのだ。

「あんなに死ぬほどの酷い目に遭ってアリナ様をお助けしたのに、こうもあっさりとお払い箱になるとは……」

 わなわなと肩を震わせ、ブランディーヌは新聞の紙面を睨んだ。

 連日、王都で起きた二つの事件が報道されているが、記事の中身はたいしたことはない。どれもが当たり障りのない内容となっており、ルイ=ノエル王太子に関しては女癖が悪いが人柄は良い、と誉めているのだか貶しているのだかわからない評価が定着しつつある。

「死ぬほど?」

 ほう、と書斎で書類に目を通していたオクタヴィアンが、顔を上げる。

「だって、追い掛けていた不審な馬車が突然爆発したのよ。わたし、もうちょっとで火傷をするところだったわ」

 息巻いてブランディーヌが主張すると、オクタヴィアンは彼女の向かい側の椅子に座る弟に視線を向けた。

 別の新聞を読んでいるギスランは、二人の会話を聞いているのかいないのか、視線を上げようとはしない。

「王女殿下と王太子殿下とともに向かったエルブロンネル伯爵邸前で、不審な馬車に乗った男に王女殿下が攫われそうになり、それを阻止した君は馬車を追って王都警邏隊の馬を一頭奪って追い掛けたそうだね」

「えぇ、そうですよ」

 ブランディーヌは素直に頷いた。

「大通りまで向かったところで、馬車の一方の車輪が外れ、馬車は傾いた。ここぞとばかりに君は馬車に近づき、中にいる男を捕らえようとしたが、男が火薬を詰めた瓶を持っており、導火線に火を点けて爆破させたんだという話だったね」

「……導火線ってなに?」

 助けを求めるようにブランディーヌがギスランに訊ねると、線だ、と簡潔な答えが返ってきた。

「火薬ってあんなに危ないものだなんて、知らなかったわ。しかもあんなちょっとで、物凄い爆発が起きるんだもの」

「あれを武器に転用させたら、恐ろしく危険な物ができる」

「そうなの?」

「騎士のように、剣や槍で戦争をする時代が終わるんだ。あの火薬ですべてを吹き飛ばしてしまえば、戦争は効率良く行われるようになる」

「嘘でしょう? あんなものが広まったら、こっちは命が幾つあったって足りないわ」

 ブランディーヌがギスランとともに武器談義を始めてしまったので、オクタヴィアンは手元の書類に目を戻した。

 十日前、離宮から姿を消したルイ=ノエルと、王宮から姿を消したジュヌヴィエーヴ・アリナが揃って王都警邏隊に保護されているという連絡が入った際は、王宮内が大騒ぎになったものだ。

 宰相から命じられ、オクタヴィアンが王都警邏隊の本部である詰め所に行くと、ギスランとブランディーヌが王子と王女に付き添っていた。ただ、何やら事件があったらしく、事情聴取をするから、とブランディーヌだけはそのまま詰め所に留め置かれた。

 王都警邏隊副長のユーグ・ドリュ・ライがなにやら居丈高に自分を追い払ったことがオクタヴィアンは気に入らなかった。彼がエルブロンネル伯爵の次男であることを思い出したのは、王子と王女に散々説教をし、同時にエルブロンネル伯爵令嬢イローナの噂されていた亡国の王族という出自に関してはなにものかによる陰謀だとルイ=ノエル王子が持論を展開したときのことだった。

 エルブロンネル伯爵令嬢の母親に関してはオクタヴィアンも調査を進めていたが、まさか王子に先を越されるとは予想外だった。あのルイ=ノエル王子が自分よりも先に情報を入手していたということは、ただ事ではない。

 宰相の配下が王子を離宮から連れ出したものの、王宮内の一室に閉じ込めておく必要もないだろうと庭に放しておいたところ、王女と一緒になって城を出ていたことがまず驚きだった。いくらブランディーヌとギスランが一緒とはいえ、協調性がない王子が誰かと行動をともにするなど、予想外だ。離宮には、監獄から王子と背格好が似ている死刑囚の死体まで運ばせ、火を点けたというのに。

 しかも、王女を襲い、ブランディーヌによって捕らえられた衛兵たちの証言から、王家転覆を狙うサンノール州独立運動家たちを次々と逮捕することができた。

 あの王子が人の役に立つようなことをするとは、と国王も宰相も驚愕し、ルイ=ノエル王子は王太子になることができたのだ。

 ブランディーヌとギスランの活躍によるところが大きいことはわかっているが、それにしても王都には詳しくない二人がほんの数日でこの半年近くオクタヴィアンが調べ上げていた案件をあっさり解決したとは考えにくい。

 どこかで事件の鍵となる情報を手に入れたに違いないと睨んだが、二人はことのほか口が硬かった。

 王都警邏隊から口止めされている、とブランディーヌは申し訳なさそうに答えたが、それはただの口実であることはわかっている。彼女は襤褸を出さないために、沈黙を貫いているのだ。

(多分、あのユーグ・ドリュ・ライが絡んでいるに違いない)

 思えば、今回の件にはエルブロンネル伯爵家の兄妹が関係している。

 王都警邏隊は宰相やオクタヴィアンでも簡単に屈服させることができない厄介な存在だ。

 王女の護衛隊編成の計画がなくなり、内定が取り消されたと文句を垂れているブランディーヌに、王都警邏隊に入らないかとユーグが勧誘を始めたと聞き、オクタヴィアンはすぐさまギスランに邪魔をさせ、なんとか阻止した。ただでさえ手が出しにくい王都警邏隊にブランディーヌが入隊しようものなら、ますます面倒なことになる。

 こっちで就職できないなら騎士団に帰る、とブランディーヌは言い出したが、これは止めなかった。当然のようにギスランも一緒に戻ると言った。

 ギスランには別の仕事を斡旋しようとしていたオクタヴィアンはなんとか弟を引き留めようとしたが、ブランディーヌが王都に残らないのであればいる意味がいないと言って、兄の誘いをあっさりと断った。

 思えば、容赦ない捜査で悪評高き王都警邏隊が、やたらとブランディーヌには親切だったことも、オクタヴィアンの気に触った。副長のユーグがかつてパンテール騎士団に所属していたよしみでブランディーヌを優遇したらしいが、どうせ建て前に決まっている。同じ騎士団の出身だからといって後輩に優しく接するほどユーグは甘い人物ではないのだ。

 王都警邏隊に関しては、馬車の爆発事件が起きた日の行動も怪しかった。

 午前中はエルブロンネル伯爵が宰相の令息に貸している屋敷を強制捜査しようとして、途中で取りやめている。オクタヴィアンのところにリュシアンがなぜか使用人全員を引き連れて助けを求めてきたので、何事かとさすがの彼も仰天したものだ。宰相自身が王都警邏隊に苦言を呈すると問題があるだろうということで、オクタヴィアンが代りに抗議をする羽目になったが、王都警邏隊隊長を呼び出してみると、リュシアンの件に関しては出鱈目の情報がもたらされたことがわかったので中止した、と狐につままれるような返事をされた。

(やたらと王都警邏隊とエルブロンネル伯爵家が絡んでいるような気がしてならないが、私のところにもたらされる情報が少なすぎる。監獄から、さらに死体がもう一つ消えているという話もあるが、確証は取れていない。宰相閣下もなにやら隠しているようだしな。リュシアン殿のことに関しても、強制捜査が中止になったとわかるや、王都警邏隊に文句を言うでもなく納得したようではあるが)

 オクタヴィアンは自分が蚊帳の外に置かれていることがなによりも気に入らなかった。

 ルイ=ノエルの廃嫡から始まった騒動は、結局サンノール州独立運動家による陰謀ということで終わらせることになりそうだ。

 あれほど散々自分を手こずらせてくれた敵が、こうもあっさりと片付いてしまうのがなにより面白くなかった。

 ブランディーヌとギスランは、王女の周囲の警護と同時に、王女が王太子となったことを敵の首謀者に強く印象づけるためにしたことだ。王子を離宮から連れ出し、敵を煽りもしたが、こうも急展開になるとは想像もしなかった。

(陛下も宰相閣下もなにか隠しているが、それを私に伝える気はないのだろう。まだ私はそこまで信頼されていないということなのか? まぁ、別に全面的に信頼されても気持ち悪いと言えば気持ち悪いが)

 書類が頭に入らず、机の上で頬杖をついてオクタヴィアンは考えに耽った。

(ま、そのうち勝手に探り出してやるから、いいだろう)

 ひとつ気になる点といえば、エルブロンネル伯爵の三男が王都から姿を消したことだ。

 あれほど頻繁に王女のところに顔を出していたというのに、ブランディーヌとギスランが王女によって王宮に呼ばれた日の道案内をした後、消息を絶っている。

(エルブロンネル伯爵は気にしていないようだが)

 あの伯爵家はなにかを隠している。

 だが、それを曝くのはしばらく先だ。

(王子がイローナ嬢と婚約を発表した後は、王女殿下の婿選びで宮廷は騒がしくなるだろう)

 渦中の婿候補のひとりであるオクタヴィアンには、エルブロンネル伯爵家よりも優先すべき事項が山のようにあった。

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