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「……は?」
不穏なテオドールの発言に、ブランディーヌは相手を凝視した。
「たとえば、この僕、とかね」
「……冗談ですか?」
「事実ですよ。僕は陛下の庶子です。母は、愛妾でもなんでもありませんでしたが、陛下のお手が付き、僕を身籠もり、エルブロンネル伯爵家に預けられました。僕を産んだ後、産褥熱に罹って回復することなく身罷りました。伯爵はそのまま僕を実子として引き取り、育てたんだそうです。これは、僕の乳母で、母を知る女から聞いた話なんですけどね」
「つまりあなたも、リュシアン殿と立場は同じということですか」
「全然違いますよ。僕は、リュシアン殿のように誰からも期待されていません。文武のどちらにも精通せず、気ままな三男坊として扱われています。養父は僕をいかに宮廷から遠ざけるかだけを考えていたんです。でも、宮廷で力を持つことを諦めていたわけではなかった」
「でも、エルブロンネル伯爵はあなたを利用しようとはしなかったんですよね」
「えぇ。その代わり、娘のイローナをルイ=ノエル王子に差し出した。伯爵にとって、イローナは待望の娘だったんです。自分の野望を達成し、王家に連なる一族になるための大事な駒だったんです」
くすくすと笑うテオドールの形相が、次第に歪み始める。
「王の子供である僕が手元にいるにも関わらず、養父はイローナしか見ていなかった。だから僕は、邪魔をしてやったんです」
「うん? え?」
なんの話ですか、と流れが読めずにブランディーヌは目を白黒させた。
「イローナの母親に亡国の王家の血が流れているなんていう噂を流したのは、僕ですよ。書類などに手を加えたのも、もちろん僕です。だって、僕は王座に就くことができないのに、イローナは王座の隣の席に座ることができるんです。不公平だと思いませんか」
「不公平って、世の中、そんなものでしょう?」
世の中が平等だなんて考えたことはない。
欲しいものが手に入らないことなんて珍しくもないし、努力をしたって実らないこともたくさんある。それでも、ブランディーヌは上を見ずにはいられないだけだ。
「あなたは前向きな方ですね。でも、あなたは僕のように、王位が手に入る立場ではない。もし僕が国王の庶子でなければ、宰相は無理でも、王女殿下の婿に名乗りを上げて大恋愛の末に婿の座を手に入れることもできたかもしれません。でも、リュシアン殿同様、それはできないんです」
テオドールは自虐的に微笑む。
「あの、もしかして、ルイ=ノエル王子を廃嫡に追い込んだり、ジュヌヴィエーヴ・アリナ王女の命を狙ったりしたのは、あなたってことなんですか。イローナ殿が命を狙われるように仕組み、エルブロンネル伯爵をも窮地に追い込み……」
「さきほどからそう言っているじゃないですか。物わかりが悪い方ですね」
「――すみません」
思わず条件反射で謝る。
「イローナ殿も殺そうとされているんですか?」
「さすがにそれはありません。ただ、僕のあずかり知らぬところで勝手に行動している人々がいるようですね。なにやら、独立がどうのこうとの騒いでいる方々が」
テオドールは楽しげに笑い声を上げた。
「あなたは、王太子になりたかったんですか?」
「さぁ、それはどうでしょう」
小首を傾げると、テオドールは考え込む仕草をした。
「僕は、別に伯爵家の息子で良かったんですよ。王位に近づきたければ、王女の恋人になれるだけの努力をして、オーグ伯爵に邪魔をされては悔しがって、そういう人生が僕の希望だったんです。なのに、僕は最初から舞台に上がることさえ許されていない」
テオドールの目にはすでにブランディーヌは映っていなかった。虚空を眺めている。
「あの屋敷からリュシアン殿が姿を消したわけ教えてあげます。僕が、王都警邏隊に密告したんです。彼が王位を狙っているって。王子を廃嫡に追い込んだのも、王女を殺そうと企んだのも、すべては彼だって証拠を揃えて、王都警邏隊に匿名で通報したんです。さすがに宰相の息子だけあってかなりの情報通だったようですね。王都警邏隊が屋敷を取り囲む寸前に、ひとまず家人全員を連れて逃げ出すとはただ者ではありません」
「なぜ屋敷がもぬけの殻なんですか」
「屋敷の使用人のひとりでも捕まれば、そこから王都警邏隊に買収されて嘘の証言をする者がいないとも限らないじゃないですか。嘘だって、うまく利用すれば真実にすることができるんです。リュシアン殿はなかなか賢い方なので、自分が何者かに利用されようとしていることに気づいたんでしょう。彼は養父のところに使用人全員を連れて逃げ込んだのかもしれません。逃げたことは褒められたことではありませんが、下手な証言をする者がいなければ、逃げたことくらいはいくらでも言い訳ができますからね」
「なんというか……えげつないですね」
「そうですか」
「それを、あなたひとりが計画したんですか」
だとしたら、今日まで発覚しなかったのだから、かなり狡猾だ。
「もちろん協力者はいますよ。僕が王位に就いたら取り立ててもらいたいっていう野心家たちです。彼らの望みは叶いませんが」
「……叶えるつもりがないんですね」
テオドールは破壊者だ。
王位が目的ではない。
ただ、自分を追い込んだ者を、王家を壊したいだけなのだ。
「なんでわたしに話をしたんですか」
「だって、他に誰も聞いてくれる人がいなかったんです。あなたはいい人ですね。素直に僕の話を聞いてくださって、僕のやったことを馬鹿にすることもなく、叱るわけでもない。庶子を作って放置している王を責め、養父を恨み、この国を崩壊させたいと考えている僕とは大違いだ」
「この国は崩壊しませんよ。王族なんて、いくらでも代わりはいるんです。王子様や、王女殿下、リュシアン殿やあなたが王位を就かなくても、現在の王家が滅亡しても、誰かが王になればいいんです」
これだけ政治基盤が整ったいまとなっては、王家が代わったところで大騒ぎにはならないだろう。
「あなたも面白い方ですね。王家に敬意を払わないんですか」
「敬意は払いますよ。そのときの王家に。バール王家だけが王家ではないでしょう。テオドール殿、あなたは結構面倒くさい人ですね」
「そうですか?」
「そうですよ。廃嫡された王子様よりも面倒です」
世捨て人になったルイ=ノエルよりも、テオドールの方がいろいろと考えていて扱いづらい部分が多い。
「あなたは結局、どうしたいんですか。王家を混乱させるだけ混乱させても、ほんの一時期ですよ」
「どうやらそのようですね」
窓越しに外へ視線を向けたテオドールは、わずかに顔を強張らせた。
ブランディーヌも一緒に外を覗き込むと、馬に騎乗し走ってくる王都警邏隊の姿があった。
なかなかのしつこさだ。
「ところで、これ、なんだかわかりますか」
上着の内ポケットから紙の包みを取り出すと、それを開いてブランディーヌに見せた。
「……それ、金よりも高価で取引されているとかいう」
黒い粉末を目にして、ブランディーヌは驚愕した。
「よくご存じですね。さすがは騎士団に所属していらした方だ」
「火薬じゃないですか!?」
思わず後ずさり、狭い馬車の隅へと身体を寄せる。
いくら剣が強くても、火薬が相手となるとブランディーヌも怖い。
「そうですよ。たったこれだけですが、結構な威力があるそうです」
「危ないからしまってください!」
ブランディーヌも火薬は幾度か目にしたことがあったが、その爆発のすさまじさは筆舌に尽くしがたいものがあった。轟音も酷く、こんなものが将来の武器に使われるのかと思うと、背筋が寒くなる。
「これは、最後に僕が華々しく去るために用意したんです」
「わたしはご一緒できません! これでもわたしは一人娘ですし、騎士として大成するという夢もありますし、女伯爵になれるかもしれないんですから、あと五十年くらいは死んでいる暇もないくらい忙しいんです!」
必死になって言い募るが、テオドールは耳を貸さない。
(ったく、男ってのはどいつもこいつも!)
愉悦に満ちた表情を浮かべているテオドールの相手をまともにしていては、馬車ごと爆破されてしまう。
「そんな物騒なもの、こちらに渡してくださいっ!」
椅子から立ち上がると、テオドールの手元に向かって腕を伸ばした。
その瞬間だった。
馬が嘶き、馬車が大きく揺れる。
「う、わっ」
馬車は片側の車輪が外れたのか、そのまま横に傾こうとした。
さすがにテオドールも顔を引きつらせる。
「わたしは、死ぬ気はありませんからねっ」
体勢を崩しつつも、ブランディーヌはいつのまにか頭上に一が変わっている馬車の扉に手を伸ばした。取っ手が爪の先に軽く触れる。
(届け!)
ぐっと腕を伸ばし、ブランディーヌは取っ手を掴んだ。そのまま、片手の力だけで身体を持ち上げ、椅子の背もたれに足を引っかける。壁についている燭台をもう片方の手で掴み、取っ手を掴んだ方の手は扉を開けるために外に向かって押したのだが――。
ばきっと音が響いた瞬間、ブランディーヌの顔が凍り付く。
悲鳴を上げる暇もなく、分解した扉の破片ごと、重力に従って下へと落ちた。




