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 どうやら、この状況でさきほどの推理を修正したらしい。

「多分いまごろ、王宮内では王子が離宮から逃亡を図ったという噂が流れている頃だろうが、それで首謀者をあぶり出す気なんだろう。あの王宮内でいくらなんでもこの王子が衛兵にまったく見つからなかったというのも妙な話だ。王女の部屋の前を守っていた衛兵は首謀者たちに買収されていたんだろうが、庭園を守っていた衛兵たちは宰相や兄上の指示で王子を守っていたはずだ。そこにうまくお前が入り込み、王子と会った。王子がお前にくっついてくるかどうかは賭だったはずだが、巧く食い付いてくれたと今頃は喜んでいるだろうな」

「ちょっと待て。なんだそれは。まるで私がオーグ伯爵の思い通りに動いているようじゃないか」

「実際、動いてしまっているんだ」

 王宮内の組織がどのように動いているかは知らないが、オクタヴィアンの性格ならギスランも正確に把握している。どうせ王宮内には蜘蛛の巣のような情報網が張り巡らされ、ありとあらゆる事象は宰相やその側近であるオクタヴィアンに伝えられているはずだ。

「これは仮定だが、王位を狙う奴がいることは間違いない。ただ、その計画を立てた連中は、まさか王や宰相たちが王太子を餌にしてまで自分たちを炙り出そうとしているとは考えていないんだろう」

「私を廃嫡したのも、宰相たちの計画のうちだというのか?」

「敵を欺くにはまず味方から、と言うだろう」

「国民まで欺いているじゃないか!」

「政治とはそのようなものだろう」

 ギスランが嘯くと、ルイ=ノエルは呆けたように口を開けて絶句した。

「王子が廃嫡され、王女が王太子になれば、敵の方は安心して動き出すと踏んだのだろう。連中は多分そうのんびりと待っているだけの余裕はないはずだ。王の治世は安定しているし、王女は若いが別に評判が悪いわけではない。今は婿選びで忙しいが、婿が決まればすぐに次の治世に向けての基盤固めが始まってしまう。王女を廃嫡させるという前回と同じ手は使えない。となれば、身内同士の争いにしてしまう必要がある。それで敵は離宮に幽閉された王子を利用しようと考えるわけだ」

 離宮に幽閉した王子を利用させることは宰相たちの計画通りでもあったはずだ。ただ、やすやすと敵に王子を渡してしまい、なにかあってからでは遅い。だから、離宮から王子を連れ出したのは敵の勢力ではなく宰相方の手の者としか考えられないだとギスランは説明した。王子の姿が離宮から消えていれば、敵方は慌てる。しかも、離宮では火事が起こり、王子を支援する者が王子の逃亡に手を貸したのだという噂が王宮内を流れている。自分たち以外の勢力が王子を利用しようとしているのかと、敵方は考えるだろう。

「敵方からすれば王女を殺すにせよ、犯人はあくまでも王子でなければならない。もし他の犯人が浮上すれば、自分が王位に就いた際、いらぬ疑惑を抱かれてしまうからだ。あくまでも、現国王の子供たちが死んだのは、廃嫡された王子が王女に対して恨みと嫉妬を抱いた結果というのが理想だ」

「その計画を完遂するために、敵はどう動くというの?」

 アリナは話の内容を頭の中で整理するだけで精一杯なのか、頬に手を当て首を傾げている。

「なんとしてでも、王子を捕まえようとするはずだ。連中は、王女を殺す前に王子が宰相方に捕らえられては困るんだからな。本当は王子を餌にして、敵方に捕らえさせ、首謀者の元に案内させるのが一番なんだろうが」

「お前たち! 私をなんだと思っているんだ! 私は王子だぞ!」

 ギスランの上着の襟首を掴むと、ルイ=ノエルは大声で喚いた。

「王家は国に奉仕し、国の犠牲となるために存在する。いわば、人柱だ」

「違う! 我々は神に選ばれ王になるのだ」

「じゃあ、囮になっても神が次代の王を守ってくれるはずだな。よし、敵方に捕まって首謀者の顔を拝んでこい」

「――断るっ! 神は見守るだけで、人を助けたりはしないのだっ! いくら神に選ばれし王族とはいえ、神は私の危機に手を差し伸べてはくれない」

 見事な屁理屈でルイ=ノエルは保身をはかった。

「あ、着いたようですよ」

 立派な門構えの屋敷の前に馬車が到着した。

 御者が扉を開けたので、まずはブランディーヌが降りた。続いてアリナに手を差し伸べ、馬車から降りる手助けをする。さらにルイ=ノエル、ギスランの順番で降り、乗車賃はギスランが支払った。アリナは金貨しかもっておらず、御者から釣りを貰っている暇も惜しかったのだ。

 エルブロンネル伯爵邸は、高級住宅街の一角ではあるが、それほど大きな屋敷ではない。敷地の周囲を鉄柵が囲み、その柵には薔薇の枝が這っている。白い薔薇の花がところどころで咲いており、芳しい香りを周囲に漂わせていた。

 馬車が立ち去ると、四人は門扉の前で立ち尽くした。

 門のところには、門番はいない。

 呼び鈴の紐があったので引いてみるが、玄関から執事や従僕が出てくる気配もなかった。

 門扉は固く閉ざされており、ブランディーヌが軽く揺すってみたが、鍵がかかっており開かない。

 門扉から玄関までは二十歩くらいの煉瓦を敷き詰めた小径があり、その両脇には芝生と花壇が作られている。庭木はきれいに手入れがされており、花壇には三色菫が花を咲かせていた。枯れた花はどこにもなく、毎日のように庭師が手入れしていることがわかる。

「留守のようですけど、変ですね」

 鉄柵の隙間から中を覗き込み、ブランディーヌは眉根を寄せた。

「庭には落ち葉の一枚も落ちていません。今朝のうちに、庭師が掃き清めたんでしょう。枯れた花もありませんから、手入れが行き届いていることは間違いありません。煉瓦の上にだって塵ひとつ見つかりませんから、使用人が掃除をしているはずです」

 庭木の中に、夏椿の木があった。

 朝のうちに花を咲かせ、すぐに地面に落ちてしまう種類だ。この白い花が、まったく芝生の上に落ちていない。まるでさきほどまで庭師が庭の手入れをしていたかと思うくらい、すべてが片付いている。

「わたしたちが来ることに気づいて、姿を消したような感じですね。それとも、わたしたちよりも先に到着した何者かが、全員を屋敷の中に閉じ込めているのか」

 どちらにしても、屋敷の中で待っているのは敵方のはずだ。

「ひとまず、わたしが中の様子を伺ってきますので、三人はこの辺りで隠れていてください」

「隠れるって、どこに……」

 辺りを見回すが、身を隠すような場所はない。かといって、このまま門扉の前に立ち尽くしていても他の通行人から怪しまれるだけだ。

「それはギスランに聞いてください」

 鉄柵を掴むと、そのうちの一本に足を掛け、軽々と身を持ち上げた。そのまま自分の身長の二倍近くはある柵を乗り越え、敷地の中に侵入する。

 念のため、中から門扉を開けられないか試してみるが、しっかりと鍵が掛けられていた。

「俺の推測が正しければ、この辺りを宰相方の衛兵か兵士が見張っているはずなんだが」

 ブランディーヌほど身軽ではないギスランは、柵を越える努力は最初から諦めていた。

「なんのために?」

「出入りした奴を把握し、首謀者の尻尾を掴むために決まっているだろう」

 柵越しに、ギスランは囁いた。

「その割りには、誰も邪魔しにこないわね」

「まったくだ。職務怠慢じゃないか」

 ブランディーヌが屋敷の中に侵入しようとしていることを放置しているのは、彼らになにか考えがあるのか、それとも最初から宰相方の兵士などいないのか。

「くれぐれも屋敷の中は気をつけろよ。エルブロンネル伯爵やその家族だってどうなっているかわからないんだ」

「了解」

 軽く手を振ると、ブランディーヌは真っ直ぐ玄関に向かった。

 扉の取っ手を掴んで引っ張ったり押したりしてみるが、びくともしない。扉の叩き金をがんがんと鳴らしてみるが、やはり反応はない。

 振り返ると、ギスランが手で裏口に回るよう指示してきた。

 素直にブランディーヌは建物の壁に沿って裏口へと回る。

 小さな使用人用の勝手口があった。こちらの取っ手を回してみると、扉は予想外にすんなりと開いた。

(罠、かしら)

 念のため、剣は鞘から抜いて構えた。

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