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ルイ=ノエルの案内で、王宮の地下に作られた隧道を四人は歩いていた。
結局、女官のファニーは足手まといになるからとギスランがブランディーヌを散々説得し、縛り上げて、王女の衣装部屋に閉じ込めることにした。衣装部屋の鍵をかけ、その鍵はブランディーヌが庭の花壇に埋めた。池に沈めると後で探すのが大変だし、持ち歩いて途中で落としたとしてもまた面倒だ。どこかに隠しておこう、となったとき、外に埋めることを決めたのはギスランだ。その方が、敵の一味によって女官を助けようとする者が現れても、そう簡単には鍵を見つけ出せないと考えたからだ。
衛兵二人は、やはり縛り上げて、化粧室に閉じ込めた。こちらは鍵がかからない部屋だが、二人の手足を繋いで特殊な縛り方をしたので、簡単にはほどけないようになっている。しかも、結び方が複雑すぎる上、一本だけ縄を切ればほどけるというものではないようにしている。ついでに、暴れるとお互いの首が縄で締め上げられるように輪をかけてあるので、身動きも取れない。時間をかけて縄を切るしかない状態にしてあるため、そう簡単にはこちらも抜け出せない。
複雑怪奇な縄の結び目と仕掛けには、アリナも目を瞠ったものだ。
王女の部屋の前を守る衛兵がひとりもおらず、女官の姿もなく、王女も消えていることが発覚すれば、王宮内はひっくり返るような騒動になること間違いなしだが、アリナはお構いなしで一緒に行くことを主張した。このような部屋でひとり隠れているよりも、護衛官候補と行動をともにした方が安全だというのが彼女の理屈だ。
それはどうだろう、と三人は一様に思ったが、ギスランも反対はしなかった。
供も付けずに王女が城を抜け出したことがばれれば怒られることは確実だが、その際は王女ひとりに怒られてもらうことにすればいい。王女がどうしてもこちらの制止を振り切ったのだと言い張ることにしたのだ。
隧道を抜け、王宮の外に脱出すると、四人は近くを通りがかった貸し馬車を呼び止めた。
アリナがエルブロンネル伯爵邸の住所を告げると、御者はすぐにわかったのか、馬を走らせ始めた。
「間に合うと良いのだけど。まさかもうイローナが出掛けてしまっていることはないわよね」
「あの女官は、午後だと言っていましたから、離宮の火事があるていど噂になってイローナ殿の耳に入るまでの時間も計算しているんでしょうね」
馬車はゆっくりとした速度で走っていた。
ギスランが御者を急かすが、通りは今日も渋滞していた。
その隣に座るルイ=ノエルは、腕組みをして苛々と足踏みをしている。
馬車に乗っているよりも走った方が早いくらいだが、四人のうちの誰も市中には疎いため、徒歩で移動するという選択肢はない。ブランディーヌとギスランは足腰を鍛えているので、道順さえ判れば途中で迷ったところでどこまでも歩いて行くことは可能だ。一方の王子と王女の兄妹は、日常が馬車での移動だ。城内はどこまでも歩いて移動しているのに、外に出た途端歩くのは厭だと言い出すのだから、よくわからない。
「間に合いさえすればイローナを助けることはできるでしょうけれど、どうやって首謀者を見つけ出すの?」
ブランディーヌの隣に座るアリナは、興味津々の態で訊ねた。彼女は普段からお忍び用の衣装を持っており、いまも女官のような地味な衣装を着ている。ルイ=ノエルは全身をやはり目立たない従僕のような地味な物に着替えていた。どちらもアリナの衣装部屋にあったものだが、なぜ男性用の衣装まで常備されているのかは謎だ。誰も聞きはしなかったが、多分趣味なのだろうとギスランは自分を納得させた。
「首謀者ですか? それはもちろん、オーグ伯爵とかそこにいるギスランがえげつない罠を仕掛けて首謀者をあぶり出せばいいんですよ。頭を使うような仕事は彼らに任せておけばいいんです」
自分で考えることを放棄し、あっさりとギスランに丸投げした。
ブランディーヌは難しいことを考えるのは苦手だ。別に頭を悩ませるようなことが嫌いだというわけではないが、ギスランに相談すると常に彼女の案は却下されるため、それなら最初から考えなければいいではないかという結論に達したのだ。
ギスランも彼女の考えは知っているので、渋い顔をしたものの、反論はしない。
「えげつないって、どんなの?」
アリナはギスランに視線を向けて訊ねた。
「まだ考えていない」
答えたものの、これでは罠がえげつなくなかったら文句を言われそうな気がして、付け加えた。
「罠はできるだけ速やかに首謀者を捕らえられるものにするから、あんたらの期待に添ったものになるかどうかは保障できない」
「大丈夫。オーグ伯爵とギスランの手に掛かれば、大抵の罠はえげつないものになります」
にこやかにブランディーヌは人の品性を貶めるような発言をした。
「それにきっと、今頃はオーグ伯爵が首謀者に罠を仕掛けていることでしょう」
「なぜそう思うの?」
「彼が、わたしたちの行動の先を読んでいないはずがないからです。はっきり言えば、わたしたちは伯爵の手の上で踊らされているようなものでしょう」
「それはほぼ間違いないだろうな」
渋々ギスランも首を縦に振った。
オクタヴィアンの能力は、ブランディーヌなど及ぶ物ではない。ギスランでさえそうだ。
基本的に、オクタヴィアンが絡んでいることは、彼がうまく周囲を操って自分の思い通りにすべてを動かしている。かつてオーグ伯爵家の爵位相続争いが起きたときもそうだし、今回だってすべてはオクタヴィアンの台本どおりに物事は進んでいるはずだ。
(わたしがあんな風にオクタヴィアンに啖呵を切ってアリナ様のところに行くことだって予測済みだったはずだわ。でも、王子様に関してはどうかしら)
ルイ=ノエルを離宮から連れ出した者が誰かという疑問はいまだに残っている。
オクタヴィアンなら、ルイ=ノエルを離宮から連れだそうとする動きがあれば、それを察知しているはずだ。彼がそれを邪魔しなかったのは、自分の筋書きどおりに物事を進めるためなのだろうが。
「ねぇ、ギスラン。この王子様を離宮から連れ出したのって、もしかして……」
「兄上の指示によるものだろうな」
即座にギスランは答えた。




