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「イローナに会ってどうするの」
「そこまでは考えていない」
浅薄の塊であることをひけらかすように、ルイ=ノエルは断言した。
「離宮で火事、死体は偽装、本物の王子は王宮内……ずいぶんとよくできた舞台設定だな」
顎に手を遣り考えていたギスランは、ふんっと鼻を鳴らした。
「こうなると、午前中には王女の死体が発見され、衛兵は王子が王女の部屋に入ったと目撃証言をし、他にもぼろぼろと王子を目撃したという者が現れ、離宮の火事は王子が逃亡するために自分で火を点けたということになるんだろうな」
「でも、黒焦げの死体が出たんでしょう?」
ギスランの推理は辻褄こそ合っているが、王子ひとりで計画できる内容ではない。
「それは協力者がいることを示している。王子の身代わりである死体を準備する者、王子を王宮まで送る者、王子が王女を殺させるために王宮内で手引きする者、といったところで、今日の午後には容疑者が五、六人は逮捕されるだろうな」
「え? それって、この王子様と殿下を……」
アリナが頬を膨らませて拗ねた素振りを見せたので、アリナ様を、と言い直す。
「両方とも始末するみたいに聞こえるけど」
「計画を立てた奴は、そのつもりだろうな。王女を殺害し、その容疑は廃嫡された王子にかける。王子の支援者は、エルブロンネル伯爵家やいくつかの貴族の名前が挙がるはずだ。そいつらは全員、王女亡き後に王太子となるはずの者にとっては邪魔な人物ということになる」
暗に、王位継承権の順位が高い国王の弟たちが怪しい、とギスランは臭わせた。
「王子が王女を殺したように見せかけるためには、王子が王宮内にいたという目撃証言が必要だ。すべてを捏造すると、さすがに怪しまれるので、連中は王子を離宮から連れ出すと、王宮内で解放した。王子がどこに向かうにしろ、王子が警備兵や衛兵の目につかないように誘導する役目の連中がいたはずだ。奴らは、王子が王女の死体が発見されるまで自由でいてくれなければならない。また、離宮に火を放つことで、王子が計画性を持って行動していることを示すと同時に、協力者の存在なしにはこの状況が作り出せないようにしたんだろう」
離宮が火事にならずとも、王子の逃亡は可能だ。その場合、単独で逃げたと言うことも否定できないため、王子に協力者がいることを示す証拠にはならない。犯人はあくまでもルイ=ノエルとその取り巻きによる犯行であるとする必要があった。
「そいつらは自分が即位する際に邪魔な貴族を排除する機会にもするため、共犯者がいるとしか考えられない状況を作ったんだ」
「エルブロンネル伯爵が邪魔だったってこと?」
「あれはついでだろう」
さらっとエルブロンネル伯爵に対して失礼な発言が飛び出す。
「エルブロンネル伯爵家に関しては、利用されたに違いない。イローナ嬢の母親の血筋に関しても、曖昧な部分があるらしい。詳しくは兄上がまだ調査しているらしいが、もしかしたら亡国の王族の血筋という話も眉唾ものかもしれないようだ」
「ちょ、ちょっと待って」
頭がついていかなくなったブランディーヌは、慌てた。
「それってつまり、イローナ殿は別に余所の国の王族の末裔でもなんでもなく……」
「伯爵の後妻は亡くなっているし、その親戚筋はほとんど離散していて証言が取れないらしいが、何者かが巧妙に書類を偽装したり書き替えたりして、イローナ嬢の母親が亡国王族の末裔と偽った可能性がある。つまり、その黒幕は、そこの王子が気に入りそうな貴族の娘の中でも、母親の血筋がはっきりとしないところがあるイローナ嬢に目を付けたわけだ。様々な小細工をしてイローナ嬢を亡国の王族に仕立て、ついでにその王家の復興運動をしている活動家をこっそりと支援し、煽ってから、王子とイローナ嬢を引き合わせたというからくりだろう」
「まるで、私とイローナの出会いからして仕組まれていたような言いぐさだな」
ルイ=ノエルが溜息を吐く。
「ほぼ間違いなく、仕組まれていたはずだ。エルブロンネル伯爵家はいわば利用されただけだが、このまま伯爵一家を生かしておくと禍根が生まれかねないし、いずれ疑惑を持たれる可能性がある。この際だからと、王子逃亡の協力者としてエルブロンネル伯爵家を滅ぼしてしまう計画になったはずだ。それなら、昨夜のイローナ嬢暗殺に関する会話は、サンノール州に利権を持つ貴族ではなく、独立運動を支援している貴族たちである可能性も出てくる」
ギスランは謎が解けたといわんばかりに、満足げに微笑んだ。
「じゃあ、その黒幕は、王子様を廃嫡させただけでなく、アリナ様を殺した犯人に仕立てて、ついでに口封じもするつもりだったってこと? でも、宰相やオクタヴィアンが気づくんじゃないの?」
「気づかれないようにやっているつもりなんだろ。俺が気づくくらいだから、たいした計画でもないと思うが。あと、なんらかの形でオーグ伯爵家も排除するつもりだったんだろうな」
「それは無理じゃないかしら。オクタヴィアンと敵対しようと思ったら、天才的な策士じゃないと勝負にならないと思うわ」
「自己分析ができていないから、そいつらは兄上に勝てると信じて動いているんだ」
世の中それほど都合良くはできていないのだが、どうやら相手は自信過剰なのだろう。
「つまり、陰謀は王子様がイローナ殿と出会う前から始まっていたってこと?」
「大体その辺りだろうな」
ギスランが大きく頷いた。
「王子の廃嫡には成功した。ただし、国王の子供はまだ王女が残っている。王太子となった王女を排除しなければ王位を得られない奴が黒幕だ。そしてそいつは、宰相や兄上が、王女の護衛隊を編成するなどして周囲を固めだしたものだから、さっさと王女を殺さなければ間に合わないと考えるようになったんだ」
「まるで、護衛隊の話が出たから、慌ててアリナ様を殺す計画を実行に移したみたいな言い方ね」
「実際そうだろう。護衛隊なんてものが出来てしまってからでは、王女を殺す機会がなくなる。なにしろ護衛隊の隊長はあのパンテール騎士団の騎士だ。しかも女となれば、少々の理由で王女から引き離すことはできない。寝所だろうが風呂場だろうが随行できる者が護衛につくとなれば、相手だって焦るさ」
「……もしかしてわたし、その黒幕が慌てて動き出すための要因として王都に呼ばれたの?」
「と、思うぞ。俺は」
「それで、もしその黒幕が逮捕されたら、どうなるの?」
「王子の廃嫡は取り消される可能性がある」
「嘘!」
両手を頬に当て、ブランディーヌは叫んだ。
王子が王太子位に戻るとすれば、王女のための護衛隊は不要となる。また、ブランディーヌが護衛隊隊長に抜擢されたのは、王女を一番身近で護衛するのは同性の護衛官が良いだろうという考えからだ。つまり、王子が復位すれば、女の護衛隊隊長など不要となる。そもそもすでにルイ=ノエルには護衛隊があるのだ。ブランディーヌやギスランは用済みとなる。
「わたし、とっても張り切っていたのに! 利用するなんて、酷い! オクタヴィアンの人でなしっ!」
自棄っぱちな気分で、ブランディーヌは部屋の入り口に目を遣った。
「で、あそこにいる衛兵の二人は、アリナ様を殺して、王子様に罪をなすりつけて、ついでにわたしたちも殺してしまおうかなって目をしているんだけど」
「まさしくそうだろう」
槍を構えて部屋に押し入ってきた衛兵を一瞥したギスランは、ブランディーヌの見立てに同意した。
衛兵の制服を着ているが、本当にこの二人が衛兵なのか、それとも衛兵に化けた刺客なのかはわからない。どちらにしても、この二人はルイ=ノエルとその連れをあっさりと王女の部屋に通した時点で、ブランディーヌでさえその存在に不審を抱いていた。
普通は衛兵も客人の身分を確認するはずが、怪しげな名乗りもしない三人組を招き入れたのだから、迂闊としか言い様がない。彼らは、ルイ=ノエルが王女を訪ねてきたら、そのまま入室させるよう、黒幕から言い含められていたに違いない。それを忠実に実行した結果がこれだ。
「この怒りをあの二人にぶつけてもいいかしら!?」
腰の剣の柄に右手をかけると同時に、左手でアリナをギスランの方へ押しやる。身体は衛兵二人に向け、ブランディーヌは軽く足を広げて体勢を整えた。
「殺さないようにしろよ。後で証言を取るんだからな」
「わかってる! ボコボコにするだけよ!」
きりっと顔を引き締めると、ブランディーヌは鞘から剣を抜いた。




