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「好きらしい。我が妹ながら、あの腹黒男のなにが気に入っているのかまったくわからん」

「蓼食う虫も好き好きとは言いますが、わたしも伯爵の良さはわかりません」

 オクタヴィアンには幼い頃にギスランと一緒に勉強を教えてもらったことはあるが、遊んで貰った記憶はない。ギスラン以上にいつも本を抱えいる読書家で、博学だった。一方で、常にどこか斜に構えているところがあった。

「王女殿下はオーグ伯爵を選び、あなたはイローナ殿を選んだがために、陛下や宰相殿はあなたを廃嫡することを決めたということですか」

 頑固な兄妹は、それぞれが選んだ相手によって運命が別れた。

「別に後悔はしていない」

 清々しいくらいきっぱりとルイ=ノエルは断言した。

「ただ、まさか離宮に幽閉されるとは思わなかった。廃嫡され、臣下に降り、イローナを妻に迎えられればそれで良いと考えていたのだが」

 ルイ=ノエルが己の見通しが甘かったことに気づいたときには遅かったらしい。

 しかし彼の場合、いろいろと思慮が浅いのではないかという気がした。物事を単純に捕らえすぎているところがある。

(多分、助言してくれる人がいなかったか、いても聞く耳を持たなかったんでしょうね)

 彼の性格なら、後者かも知れない。

「まぁ、そんなことはどうでもよい。それよりも、私を伯爵に会わせろ」

「――は?」

 首を傾げ、ブランディーヌはルイ=ノエルをまじまじと見た。

「私をここまで連れてきた者がなにを考えているかは知らないが、離宮から出られた以上は私の好きに動いてやる。手始めに、伯爵に会い、あいつを巻き込んでやる」

「巻き込むって……」

「どうせいずれは私が離宮から消えていることが発覚するだろう。その際、私が伯爵と会っていたという証言をする者が現れれば、伯爵もまったく無傷ではいられないだろう。あいつを恨んではいないが、少々仕返しがしたい」

「……お断りします。そんなことをしたら、十倍返しにされますよ。それに、わたしにまで余波がきたらどうしてくれるんですか。わたしには爵位持ちの父がおりますし、領民もいるんです」

 自暴自棄なルイ=ノエルに巻き込まれてはたまらない。

 オクタヴィアンが相手であれば強気に出られるが、見ず知らずの王子はなにをしでかすかわからないので、さすがにブランディーヌも慎重になった。

「誰かに会いたいというのであれば、イローナ殿にお会いになればよろしいでは」

「彼女に迷惑を掛けるわけにはいかない」

「じゃあ、誰にも迷惑を掛けずに消えろ」

 唸るような声が背後から響いた。

「さっきからごちゃごちゃとうるさいぞ」

 半眼で睨み付けるギスランの気迫がただごとではない。

「会いに行くなら女の方にしろ。彼女なら、昨夜はこの王宮内にいたぞ。いまはどうかは知らないが、お前の妹が呼び寄せたようだから、居場所は妹に聞け。あと、お前の女の暗殺計画があるらしいぞ」

 一気に捲くし立てると、ギスランは相手を追い払うように手の甲を振った。

「お前が幽閉先から消えたことが発覚すれば、女のところに行ったんだろうと推測して刺客が彼女のところでお前を待ち伏せているだろうけどな。行くなら、発覚する前に行け」

 途端に、ルイ=ノエルの顔色が変わる。

「なんだと! しかし、イローナはどこにいるのだ? それに、どうやって行けばいいのか」

「宮殿内にいなければ実家だろ」

「屋敷がどこにあるのか知らん!」

 きっぱりとルイ=ノエルが宣言したので、二人は黙り込んだ。

「お前たちは知っているのか」

「わたしたちは一昨日デュソールから出てきたばかりの田舎者なんです。まだ王都観光だってしていませんし、近所にどのような屋敷があるかも存じません」

 ブランディーヌが答えると、ギスランが同意して首を縦に振った。

「辻馬車の御者にエルブロンネル伯爵邸の馬車を聞いたら案内してくれるかもしれませんよ」

「私は金を持っていない」

「……まぁ、そうだろうな」

 幽閉されていたのだから、財布を持たせてもらえるはずがない。

「わたしも持っていません」

 胸を張ってブランディーヌが言い返す。

「兄上のところに引っ立てていった方が面倒が少なくていいかもな」

 馬鹿馬鹿しい会話の応酬に、ギスランは額を押さえた。

「じゃあ、ギスランが連れて行って。わたしは昨夜あれだけの啖呵を切ったから、さすがに会いづらいわ」

「その間にどこ行く気だ」

「王女殿下にイローナ殿の屋敷の場所を聞いて、行ってみるわ。やっぱり気になるし」

「王女の部屋がわからないじゃないか」

「それはほらここに、王宮内に精通している人がいるじゃないの」

 ルイ=ノエルを指すと、ブランディーヌはにっこりと微笑んだ。

「ジュヌヴィエーヴの部屋か? それなら、南棟の三階の南奥だ。珊瑚の間の隣だぞ」

 ブランディーヌが近くから紙とペンを持ってくると、ルイ=ノエルはすぐに地図を書いてくれた。

「この建物は全体が気持ち悪いくらい薄紅色で統一されているんだ。ここが裏口で、この廊下を通ってだな」

 細かく書かれた地図をブランディーヌが受け取ろうとした瞬間、ギスランが横から奪う。

「よし。行くぞ」

「え?」

 オクタヴィアンのところに行くんじゃないの、と訊ねるより先に、ギスランが口を開いた。

「王女のところにこいつを連れて行くんだ。昨夜、あの令嬢とこいつを会わせたいと言っていたじゃないか。こいつを王子のところに連れていけば、引き替えに礼金が貰えるだろう」

「私に懸賞金でもついているのか?」

「ま、そんなところだな」

(ギスラン、臨機応変すぎるわ……)

 楽して稼げるとわかった途端豹変したギスランに対して、開いた口が塞がらなくなった。

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