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 ロカイユ棟を出たブランディーヌは、(かがり)()が焚かれた(そと)(かい)(ろう)を歩いていた。

 (まき)が爆ぜる音と煙の匂い、夜勤の警備兵たちの話し声がわずかに聞こえてくる。

 彼女は記憶を頼りに、さきほど王女と面会した建物へと向かっていた。外壁は似たような(いし)(かべ)がほとんどだが、手で触れるとほんの少し感触が異なる。必要に応じて造営され、現在の形になった王城は、建てられた時代によって建材が違う。形はどれも似ているが、王城内で迷うようなことはない。

 靴音を立てないよう意識しながら歩く。

 オクタヴィアンの前では(たん)()を切ってしまったが、ひとりで歩いているうちに頭が冷えてきた。高揚していた気持ちが落ち着いてくると、なぜあれほどまでに腹を立てていたのかがわからなくなった。

(イローナ殿の心配ばかりしている場合じゃないわ。わたし、今夜はどこに泊まったらいいのかしら。伯爵邸に帰るのは格好悪いし、でもお金は持っていないから宿も取れないわ)

 騎士団では野営をしたことはあっても、野宿をしたことはない。

(やっぱり、殿下からはあのお金を受け取っておこうかしら。お金はあって困るものではないわ。受け取ってギスランに怒られるようなら、また後で返せばいいんだもの)

 野宿をした方が彼には叱られるような気がする。

 狭い路地のような通路を歩き、まっすぐに目的の建物へ向かっていたが、なぜか気づくと庭園に出ていた。

 足下はよく見えないが、芝生が敷き詰められているらしい。花壇に咲く花の香りが(ただよ)い、辺りは(かき)()(おお)われている。

(……どこで間違えたのかしら)

 さらに進むと、四阿(あずまや)が見えた。

 白い支柱で四方を囲み、屋根には神々の彫刻が飾られている。柱には(つた)のような(つる)が巻き付いており、近くには川があるのか水音が聞こえる。

(あ、ここなら野宿ができるわね。警備兵はここまで巡回するかもしれないけれど、暗闇だからきっと気づかないでしょう)

 場所を記憶する。

 もし王女から謝礼の前金を受け取れなかった場合のためだ。

 夜露に濡れた大理石の長椅子が視界に入った。四阿の三方をコの字で囲むように大理石を並べて作られたものだ。地面より固く寝心地は最悪だろうが、一晩くらいなら我慢できないこともない、と自分に言い聞かせる。

(あら? 先客がいる)

 ちょうどブランディーヌの視界の死角になっていた長椅子の部分に、仰向けになって寝転がる男の姿があった。服をだらしなく着崩したまま寝ている。これでは、明日に朝には上着やシャツが皺だらけになっていることだろう。

(こんなところで寝ていて、怒られないのかしら)

 自分も同じ場所で野宿しようとしていたことは棚に上げる。

 近づいて覗き込んでみると、暗闇の中でも金髪が輝いて見えた。癖がある髪は顔半分を覆っているが、眠っている男は気にしていないらしい。暗くてよくわからないが、二十代くらいに見えた。身なりは悪くない。王宮内でこのような軽装をしているのだから、それなりの身分には違いないが、丸腰だ。

 周囲を見回しても、彼に付き従っている者の姿はない。剣も携えずにひとりでこのような場所をうろついているのだとしたら、驚きだ。

(王宮って物騒なところのはずだけれど、大丈夫なのかしら)

 デュソールを出発したときから散々ギスランによっていかに都は危険であり、王宮は(ふく)()殿(でん)であると聞かされてきた上に、エルブロンネル伯爵令嬢の暗殺計画を耳にしたものだから、陰謀の(おん)(しょう)のような印象を抱いていた。

(それとも、こんなところで寝ていても誰も殺しにこないくらい、取るに足りない人なのかしら)

 相手に対して思いっきり失礼な評価を下しつつ、まじまじと観察する。

 オクタヴィアンならこのような場所で無防備に眠ったりしないはずだ。彼は常に緊張を身に(まと)っており、護衛も兼ねて武術に長けた従僕を連れている。

 エルブロンネル伯爵令息テオドールは立派な装飾の剣を持っていた。腕前はそれほどでもなさそうだが、いざというときには剣がないよりはましだろう。(さや)の飾りが派手だったので、実用性は低いが、(ぼう)(ぎょ)には使えそうだった。

(テオドール殿はイローナ殿の異母兄に当たるのよね。それで、イローナ殿は王女殿下とは親しいのかしら。殿下が王宮に招いているくらいだから面識はあるのでしょうけれど、イローナ殿は(はい)(ちゃく)された王子様の元恋人で、でも王女殿下の友人ってわけではないのかしら。殿下とテオドール殿はイローナ殿を通じての知り合いなのか、それともテオドール殿が殿下にイローナ殿を紹介したのかしら)

 どちらにしても、エルブロンネル伯爵令息が王女と親しいのであれば、王女の婿候補のひとりの可能性がある。

 ガルデニア王国の貴族の中で、有力な公爵家や侯爵家には王女に釣り合う年齢の独身男性がいない。二十七ある伯爵家には、十代から三十代までの独身男性は四十人近くいるが、王女に相応しい人物となると限られており。現時点では六人ほどに(しぼ)られているという話だ。

 オーグ伯爵家であれば、オクタヴィアンは婿候補だがギスランは外されている。

 エルブロンネル伯爵家においてテオドールには二人の兄がいるということだが、この二人がすでに結婚しているのであれば、テオドールが王女の婿候補である可能性も出てくる。

(テオドール殿がオクタヴィアンの競争相手だとして、他にも同じように殿下の婿候補はいるのよね。その中には、他の五人を排除してでも殿下の婿の座を勝ち取ろうとする人もいるはずだから、最悪の場合は命を狙われることもあるはずよね。婿候補にまだ名前が挙がっていないとしても、殿下に気に入られれば貴族に名を連ねているだけで婿候補になれないことはないし)

 目の前の男は貴族のような気品はあるが、周囲を警戒している様子はない。

(ただ者ではないというか……変な人)

 しばらく様子を伺っていたが、気持ちよさそうに眠っているので、放っておくことにした。これほど無防備に寝ているのだから、よほど身の安全に自信があるのだろう。

(そんなことより、殿下のところに行かなくては)

 眠気を覚え、欠伸を噛み殺しつつブランディーヌは庭園を突っ切って行こうと四阿に背を向けたそのときだった。

「貴様、私を殺さないのか?」

 怪訝そうな声が背後で響いた。

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