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「十年前、兄上が爵位を継ぐ際の騒動を思い出す」
林檎を食べ終えたギスランは、ぽつりと呟いた。
「父上が突然亡くなって、大叔父が兄上は伯爵家を継ぐには若すぎるといちゃもんをつけてきたことがあっただろう?」
「もちろん、忘れてなどいない」
先代のオーグ伯爵であるオクタヴィアンとギスランの父は、十年前、突如倒れてそのまま死亡した。すでにオクタヴィアンは十六歳を迎えていたが、それまで疎遠だった分家の大叔父が葬儀の場で爵位の相続について不満を言い出したのだ。
「あれは、ラペリーヌ伯爵のおかげなんとか丸く収まり、兄上はオーグ伯爵になることができた。あの人は、葬儀の場で大叔父を諫めてくれただろう?」
ブランディーヌの父であるラペリーヌ伯爵は、実直な性格の人物だ。娘はずいぶんと大雑把な性分だが、その父親はかなり真面目で不正などを酷く嫌っている。オーグ伯爵家の爵位相続に関しては、オクタヴィアンのためにかなり尽力してくれたこともあり、兄弟はいまでも彼に頭が上がらない。
「ブランディーヌはやはりあの伯爵の娘だな。正義感が強い」
「別にそこまでではないと思うが……負けず嫌いなんじゃないだろうか」
騎士団に入ると決意したときのブランディーヌの表情を、ギスランは懐かしく思い出した。
先代オーグ伯爵亡き後、ギスランはラペリーヌ伯爵を父親のように慕っていた。その頃はそれほどブランディーヌと親しくしていたわけではないが、なにかの折りに伯爵から「娘が困っているときは、できる範囲で構わないから手をさしのべてあげてくれないか」と頼まれて以来、意識をするようになった。
ブランディーヌは勝ち気な性格なので、自分から誰かに助力を求めることは滅多にしない。人前で泣くことは恥だと考えていたし、弱音を吐くこともしない。
ラペリーヌ伯爵の一人娘だが、かなり雄々しく育っていた。
女の身では爵位を継げない以上、いずれは彼女の夫か親類がラペリーヌ伯爵家を継ぐことになる。伯爵やその妻がブランディーヌの将来を以前から心配しており、オーグ伯爵家で継承者争いが起きた際にラペリーヌ伯爵が口を挟んだのは、オクタヴィアンに娘の将来を重ねて見ていたからだとギスランが気づいたのは、しばらく後のことだった。
「お前はいずれ、ブランディーヌの婿になってラペリーヌ伯爵家を継ぐつもりだとばかり思っていたが、違うのか?」
弟が他家とはいえ爵位を得ることができるのであれば、オクタヴィアンは応援するつもりでいた。
「王女はブランディーヌに、女でも爵位を継げるように法律を変えると提案していた。もし実現すれば、俺がラペリーヌ伯爵になる機会はなくなる。もっとも俺は爵位目当てで彼女と一緒にいるわけではないから、王女が法律を変えたいというなら変えてしまえばいいと思う」
「相変わらず、殿下は突拍子もないことを……」
「別に悪い話じゃない。面白い発想だと思った。王女がそんなことを言い出したのは、ブランディーヌを味方にしたくて必死に考えた末の提案なんだろうが、これまでの規制が破られる気がする。彼女が王位を継ぐ日が楽しみだ」
「なにが楽しみなものか」
「兄上が女王の婿として苦労する様とかが見られるだろう? 面白いじゃないか」
椅子から立ち上がると、ギスランは兄を見下ろした。
「兄上が王女を唆して、ブランディーヌをエルブロンネル伯爵令嬢と会わせた件も、面倒なことになるかもしれないな」
「私はなにもしていない」
「しらばっくれるのもいい加減にしておいた方がいい」
王女が自分で考えてエルブロンネル伯爵令嬢を王宮に呼び寄せたわけではないことはわかりきっていた。もし彼女が王宮内において伯爵令嬢の身に危険が及ぶことを知っているのであれば、そのような場所に伯爵令嬢を招くはずがない。王女に伝えられる情報は宰相やオクタヴィアンからもたらされるものがほとんどだ。オクタヴィアンたちにとって都合よく王女が動くよう、巧妙に情報は操作され、王女は自分の意志で考えたつもりで伯爵令嬢とブランディーヌに会わせたはずだ。
「さすがに兄上も、王女の貴族法の改正は予想外だったようだが」
「私は、あの殿下を自分の思い通りに操るなど、無理だよ」
「どうだか」
ふいっと顔をそらすと、ギスランは足早に部屋を出た。
ブランディーヌを追いかけるために。




