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「彼はうちのような貧乏伯爵家など興味ないと思いますが」

「ラペリーヌ伯爵の名は建国当時から歴史に刻まれている由緒正しき家名よ。オーグ伯爵だって、自分のたったひとりの弟が他家とはいえ爵位を継げるかもしれない機会を見逃すわけがないわ。あなたはオーグ伯爵兄弟に狙われているの!」

「うちは領地もたいしたことはないですし、父も宮廷に出仕していませんし」

「そんなものは継いでから考えればいいのよ。まずは爵位を手に入れることが先決だもの。百年前なら他国と戦争を繰り返していた王が、軍事費を捻出するために爵位を金で売っていたから、アリディ家だってオーグ伯爵位を手に入れられたけど、いまはそんな時代じゃないわ。いくらオーグ伯爵だって、弟のために金で爵位を買うことができないの。それなら、爵位を継ぐ息子がいない家の婿におさまればいいのよ。簡単でしょう?」

「それがうちってことですか」

 それとエルブロンネル伯爵令嬢の件がどう関係するのか、ブランディーヌにはまったく理解できない。

「あなたがぼやぼやしていると、いつのまにかそこの男があなたの婿におさまって、爵位もなにもかも全部奪っていくのよ。そんなことにならないよう、わたくしは将来あなたが爵位を継げるように法律を変えるわ。女が王位を継ぐことができるんですもの。女が爵位を継いでいけないなんて法律はおかしいわ」

「そうですね」

 熱心に言い募るアリナに気圧される形で、ブランディーヌは同意を示した。

「だから、わたくしに協力してちょうだい!」

「……なにをですか?」

 だからの意味がわからず、ブランディーヌは戸惑った。

「別に俺は爵位など狙っていない」

 低く唸るような声で背後から呟く声が聞こえたので振り返ると、ギスランは苦虫を噛み潰したような顔でアリナを睨んでいた。

「あら、そうかしら。その割には、熱心にブランディーヌに付き纏っているようね。彼女に自分以外の男が近づけないよう牽制しているのではなくて?」

「別に爵位狙いでやっているわけではない」

「彼女に付き纏っていることは否定しないわけね」

 眉間に皺を寄せてギスランは不機嫌そうな空気を漂わせ始めた。

「ブランディーヌ! わたくしが女王となったあかつきには、女性でももって宮廷内で重職に就けるようにするわ。あなたがこんな男に付き纏われなくても済むような世の中にすると約束するわ!」

 立ち上がったアリナは、ブランディーヌの手を握って熱弁を振るった。

「いま、この国の女性はとても不遇なの。イローナなど、兄の妃候補にまでなっていたのに、その血筋が気に入らない宰相によって、追放同然で他国へ嫁がされることになってしまったのよ!」

 イローナ嬢の血筋の事情については、アリナの耳にも入っているらしい。

「その問題と爵位の相続の件を一緒にするのは間違いだ」

 憮然とギスランは抗議したが、アリナは無視した。

「それもこれも、女性軽視の風潮が悪いんだわ!」

「誰も女性を軽視していないと思うが」

「お黙り! ブランディーヌの婿の座を虎視眈々と狙っているくせに!」

「狙ってなにが悪い」

 反対に開き直ったギスランが、アリナに言い返す。

「は?」

 寝耳に水な話を聞かされたブランディーヌは、ギスランの顔をまじまじと見つめた。

「ほら! 本性を現したわね! ブランディーヌ、やっぱりこの男はあなたの家の爵位から領地まで、すべてを奪おうとしているのよ!」

 勝ち誇ったようにアリナが声高に宣言する。

「人の心配より、自分の心配をしたらどうだ? 王太子の婿の座を巡って、水面下で物凄い争奪戦が起きているそうじゃないか」

「わたくしの結婚はわたくしの一存で決められるものではないわ。女王となる以上、好き嫌いを言える立場でもないもの。陛下や宰相が将来の女王の婿に相応しい相手と決めた者と結婚するのは、王太子としての義務よ。でも、女性にだってもうちょっと結婚相手を選ぶ権利があってもいいはずだとわたくしは考えているの。貴族の結婚はもちろん家同士のしがらみもあるけれど、女性が一方的に家の都合で嫁がされることがないように、わたくしは法律を変えるのよ!」

「あの、別にわたしはいまのところ誰かと結婚する予定はありませんが」

「だから、そうやって呑気に構えている間にも、そこの男がさっさと外堀を埋めているのよ。あなたが気づいたときには、すでに結婚式の準備まで整っていたっておかしくないわ」

「さっさと本題に入れ」

 半ば強引に、ギスランがアリナの話を打ち切った。

「エルブロンネル伯爵令嬢がなぜここにいる」

「だから、わたくしが呼んだとさきほど話したでしょう。彼女は、兄とのことがあり、とても傷ついているの。兄に関してはよからぬ噂がたくさん出てくるものだから、彼女もわたくしも、なにが真実なのかわからなくなってしまったわ」

 長嘆してアリナは肩を落とした。

「イローナもある日唐突に親によって修道院に入れられてしまったの。その後、兄に関する噂と、廃嫡されたという事実を知ったそうだけれど、兄の口からは聞いたことがないような話ばかりで戸惑っているの」

「どこの世界にばれてもいない三股を告白する男がいるんだ」

「あんなもの、捏造よ! 兄がそんな器用なわけがないんだもの! イローナと付き合っていたことだって、付き合い始めた翌日には従僕たちにばれていたんだから」

 イローナが力を込めて断言した。

「もし二股していたら、その時点でイローナにだってわかったでしょうし、もっと早くに噂が流れていたはずだわ。それなのに、従僕たちにも気づかれず巧妙にイローナ以外の女性と付き合っていたなって、考えられないわ」

「なるほど。で、それが俺たちとどう関係するんだ」

 不愉快そうにギスランは足踏みをする。苛ついているときの彼の癖だ。

「イローナを兄に会わせて欲しいの」

「断る」

 即座にギスランは拒絶した。

「そんなものは護衛官の仕事ではない」

「わかっているわ。だから、護衛官に就任する前に、わたくしが個人的に頼んでいるの。もちろん謝礼は支払うわ。あと、ブランディーヌが将来爵位を継げるように法律も変えるわ」

「爵位の件はともかく……謝礼はいかばかりほどで?」

 財政難のラペリーヌ伯爵家としては、金はあって困る物ではない。

「ライ卿」

 アリナがテオドールに声を掛けると、すぐさま控えていた彼が小袋を持ってきた。

 円卓の上に袋が下ろされると、じゃらっと硬貨がこすれる音が響く。

「これは前金よ。もちろん、すべて金貨で用意したわ」

 絞ってある袋の口を緩め、アリナが中身をブランディーヌに見せる。

(……これ、うちの屋根の修繕とか、厩舎の修理とかしてもおつりがくるんじゃないかしら)

 世間知らずだが、金銭感覚だけはしっかりしているブランディーヌは、目を輝かせた。

 その隣で、断る、と冷たくギスランが言い放つ。

「いくら積もうと、無駄だ。そんな仕事は引き受けない。廃嫡された王子に関わってろくなことがあるはずがない」

「えぇ? いい賃仕事だと思うけど」

 不満げにブランディーヌが唸ると、ギスランの額に青筋が浮かんだ。

(あ、拙い)

 怒らせたことに気づいたときは、遅かった。

「帰るぞ」

 ギスランはブランディーヌの腕を掴むと、強く引っ張って椅子から立ち上がらせた。

「引き受けないなら俺たちを護衛官職から外すというなら、大歓迎だ。さっさと騎士団に帰ってやる」

 部屋中の人間を睨み付けると、体勢が整わずよろめいているブランディーヌを引きずるようにして、靴音も高らかにギスランは部屋を出た。

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