13
王宮の裏門のひとつから馬車は城内へと入った。
あちらこちらで篝火が焚かれ、暗闇を煌々と照らし出している。
槍を構え、腰には剣を帯びた制服姿の近衛隊が王城を警護していた。
都の治安は王都警邏隊が守っているが、王宮は近衛隊、国王は専任の護衛隊が護っている。王族の警護は近衛隊が行うが、王太子になるとやはり専任の護衛隊が編成される。
それまでルイ=ノエル・ドニ・バール王子を警護していた護衛隊はすでに解体され、ジュヌヴィエーヴ・アリナ・ドニ・バール王女のために新たな護衛隊を組む準備が始まっていた。隊士の名簿はほぼできあがっており、あとは隊士を王宮に出仕させるまでになっている。
馬車の中から篝火だけを頼りに見る王城は、構造さえよくわからなかった。
そのまま馬車は奥へと向かい、ある棟の前で停まった。
「こちらです」
先に降りたテオドールが、ブランディーヌとギスランを誘導する。
廊下の壁に設えられた燭台には蝋燭が灯され、足下が明るく照らされていた。まるで客人の訪れを待ち構えていたようだ。
どこに向かっているのかわからないまま二人はテオドールに付いていった。
迷路のように館の中をしばらく歩かされた挙げ句、テオドールは窓がない廊下を進んで突き当たりの部屋へと案内した。
木の扉には精緻な模様が彫られ、扉の取っ手は獅子の彫刻が金で施されている。
テオドールが扉を二度叩くと、すぐに中から扉は開かれた。
「お連れしました」
扉の隙間から目だけを覗かせた相手に向かってテオドールが告げる。
「どうぞ」
大きく扉が開け放たれると、扉を開けたのが王女の側近である女官であることにブランディーヌは気づいた。
一歩進むと、すぐ目の前に緋色の緞帳が垂らされていた。
「殿下がお待ちです」
左右から垂らされた緞帳を掻き分け、女官は二人を誘う。
緞帳を潜り抜けると、奥には円卓と、その周囲に置かれた椅子に二人の女性が座っていた。
ひとりはアリナだったが、もうひとりはブランディーヌもギスランも知らない顔だった。
「御機嫌よう、ブランディーヌ。待っていたわ」
椅子に座ったまま、アリナは鷹揚に声をかけた。
「殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「堅苦しい挨拶は結構よ」
すぐさまブランディーヌの言葉を遮り、アリナは自分の向かいにある椅子を勧めた。
「わたくしは、伯爵の弟まで招いたつもりはなかったのだけれど」
ちらっとギスランに視線を向けたアリナは、不快げに眉を顰める。
「申し訳ございません。私の不徳の致すところでございます」
テオドールが頭を下げたが、ギスランは平然とアリナを睨み返した。
「深夜に貴族令嬢をひとりで夜歩きさせるような真似はできない。付添人は必要だ」
アリナを責めるようなギスランの発言に、アリナだけでなくその背後に立つ女官も顔色を変えた。
「ブランディーヌ。あなたは常に彼に付き纏われて迷惑しているのではなくて?」
「え? いえ、別に」
付き纏われている感覚がないブランディーヌが即答すると、あらそう、とアリナは残念そうな表情を浮かべた。
貴族の娘なら付添人を常に従えておけ、というのがギスランの主張だ。もちろん一般の貴族令嬢が付添人もなしに出歩くなど非常識極まりないため、ブランディーヌも「はいはい」と適当に受け流している。貴族の未婚の娘とはいえ騎士である以上、女の付添人を連れて歩くわけにはいかない。それならばひとりで出歩くのは控えろ、とギスランに言われたが、こちらも「はいはい」とあしらっていたら、勝手にギスランが付いてくるようになった。彼は自分が一緒であれば付添人云々の話は持ち出さないので、自然とブランディーヌは彼と行動を共にする機会が増えた。
というか、ほぼ一緒にいる。
そうかひとりでなければいいのか、と勝手に都合良く解釈しているブランディーヌは、ギスランが邪魔だと感じたことはない。町を歩いているとよく屋台や露店で奢ってくれるので、財布がついてきていると思えばいいのだ。
なにやら恨めしげにアリナはギスランを睨んでいたが、しばらくすると諦めた様子で溜息をひとつ吐いた。どうやらなにを言っても彼がこの部屋を出て行くことはないと判断したようだ。
「実は今夜ここに来て貰ったのは、彼女を紹介したかったからなの」
アリナは自分の隣に座る、栗色の髪に榛色の瞳をした女性を手で示した。
翠色の絹のドレスを身に纏った女性は、十七、八歳くらいに見えた。
おっとりとした雰囲気から、名門貴族の令嬢だろうと推察される。
髪を結い上げ、宝石が付いた簪を挿している。胸元から首までは、精緻な模様のレースで覆われていた。袖は大きく膨らませ、リボンと造花が飾ってある。パニエで膨らませたスカートの裾は、きれいに床に広がっている。
「彼女はエルブロンネル伯爵令嬢です」
「イローナ・ドリュ・ライ、と申します」
椅子から立ち上がると、イローナは上品な物腰で会釈をした。
「そこにいるテオドールの妹です」
アリナは手にしていた扇でテオドールを指した。
エルブロンネル伯爵令嬢、という名前に引っかかりを覚えたブランディーヌが考え込む素振りをすると、アリナは付け加えた。
「彼女はわたくしの兄ルイ=ノエルの恋人だった女性です」
そこでようやく、昨日オクタヴィアンから聞かされた廃嫡された王子の話を思い出した。
「でも確か、エルブロンネル伯爵令嬢は外国に嫁がれたのでは……」
「婚約しただけです。婚礼は三ヶ月後の予定となっています。現在は、修道院に入っております。五日前に祖母が亡くなりましたので、葬儀に参列するために実家に戻って参りました」
囁くような声で、イローナは告げた。
「イローナが都に帰ってきているというので、わたくしが城に招いたのです。ところでブランディーヌ、あなたはイローナのことをオーグ伯爵から聞いているかしら」
「まぁ、多少は」
オクタヴィアンは簡単なものだったので、詳細まで知っているとは言い難い。
曖昧にブランディーヌが頷くと、アリナは真剣な表情で身を乗り出した。
「わたくしは将来、法律を変えて、女性でも爵位を継げるようにしたいと考えているの。もちろん、わたくしが王位を継いだら早々に着手するつもりよ」
「はぁ?」
話が急に変わったので、ブランディーヌは目を丸くした。
「ブランディーヌ、あなたには兄弟がいないそうね。あなたの父であるラペリーヌ伯爵が亡くなったときには、爵位はあなたの夫に渡ってしまうわよね」
アリナは自分の護衛官となる者の身上調書には目を通しているらしい。
「結婚していれば、ですが。夫や子供がいない場合は、わたしの従兄が爵位を継ぐことになるかと思います」
爵位は男子が継ぐものと決まっている。
直系男子がいない場合、分家の男子もしくは直系女子の婿が継ぐことは可能だが、どちらにしても女子が継ぐことは認められていない。
「このままでは、ラペリーヌ伯爵家はそこのオーグ伯爵の弟に奪われるわよ」
びしっと扇でギスランを指し、アリナは宣言した。
「ギスランに、ですか?」
振り返ってギスランに目を遣り、ブランディーヌは首を傾げる。




